第二部 第203話 白の向こう
崩壊は続いていた。
世界管理領域。
白い空間は、役目を終えた建物みたいに静かに壊れていく。
壁だったものは光へ変わる。
管理のために存在していた法則も。
少しずつ輪郭を失っていた。
その向こう。
閉ざされていた先が少しずつ姿を見せ始めている。
広い。
静か。
何もない。
なのに。
妙に古い。
積み重なった時間だけが空気に沈んでいるようだった。
笑うものは嫌そうな顔のまま。
深くため息を吐いた。
『……いや本当に待って』
崩れゆく白と。
その先を交互に見る。
『自由になった初日に次の地獄行く流れある?』
『普通もう少し休むだろ?』
『余韻とか無いの?』
士郎は興味なさそうだった。
崩れた先を一瞥する。
鼻を鳴らした。
「終わった場所に用はねぇ」
少し間。
「先に行くだけだ」
本当にそれだけだった。
終わった場所に興味はない。
壊す相手が居ない場所にも興味はない。
だから進む。
士郎にとってはそれだけの話だった。
翔が煙を吐く。
白の向こうをぼんやり眺める。
小さく目を細めた。
「静かすぎる」
少し間。
「何も無さすぎる方が気持ち悪い」
笑うものが露骨に嫌そうな顔になる。
『やめろって』
短い沈黙。
『そういうの今一番聞きたくない』
『絶対何か居るじゃん』
『その流れじゃん』
セレナは白の向こうを見ていた。
崩壊する管理領域ではない。
その先。
今まで閉ざされていた場所。
静かな瞳。
だが。
ほんの少しだけ。
迷うような沈黙があった。
士郎が気付く。
面倒そうに目を向けた。
「知ってんのか?」
セレナはすぐには答えなかった。
少し間。
それから小さく首を横に振る。
「……分かりません」
静かな声。
「ただ」
少し目を細める。
「見たことがありません」
笑うものが止まる。
『お前が?』
長い時間を見てきた。
世界の外にいた。
管理の崩壊すら見届けた。
そんなセレナでも知らない。
それだけで。
妙に現実味が増した。
翔が煙を吐く。
少し間。
静かな声。
「なら」
短く。
「行くしかねぇな」
士郎は既に歩き出していた。
崩れた白の向こう。
静かな場所へ。
迷いはない。
振り返りもしない。
笑うものが頭を抱える。
『いやだから何で判断早いんだよ!!』
『少しは警戒しろよ!!』
士郎は足を止めない。
前を見たまま。
つまらなそうに口を開く。
「自由になったんだから」
少し間。
「付いてこなくていいんだぞ?」
笑うものが止まる。
『……は?』
士郎は興味なさそうだった。
「好きにしろ」
短く。
「自由なんだろ」
沈黙。
笑うものが言葉を失う。
自由。
ついさっきまで欲しかったもの。
ようやく手に入れたもの。
もう誰も追ってこない。
誰も命令しない。
誰も管理しない。
本当に好きにしていい。
崩れていく白をちらりと見る。
少し間。
深く息を吐いた。
『……いや』
乾いた顔のまま肩をすくめる。
『今さら一人とか普通に嫌なんだけど』
本音だった。
自由になった。
だからこそ分かる。
一人で居たい訳じゃなかった。
追われたくなかっただけだ。
翔が煙を吐く。
少し間。
「自由一日目に情けねぇな」
笑うものが即座に振り向く。
『うるさいわ!!』
『自由だからって孤独になりたい訳じゃねぇんだよ!!』
士郎は鼻を鳴らす。
翔は煙を吐く。
セレナは小さく目を細めた。
誰も止まらない。
白い檻の終わりは背後で崩れ続けていた。
前には。
誰も知らない場所だけが広がっている。
終わった世界の先。
管理の外。
観測の外。
その先へ。
四人は静かに歩いていった。




