第二部 第198話 崩れる外界
白い空間に。
微かな音が混じり始めていた。
最初は小さかった。
本当に小さな亀裂音。
だが。
少しずつ。
確実に広がっていく。
遠く。
世界管理領域の端。
白い景色に細い亀裂が走っている。
一本。
二本。
三本。
静かだった空間が。
ゆっくり壊れ始めていた。
管理中枢が消えた影響は。
確実に広がっている。
白い空間はまだ存在している。
だが。
もう維持されていない。
セレナがその先を見る。
「……保ちませんね」
静かな声だった。
「管理中枢が消えた以上、この領域も長く維持できません」
説明というより。
確認に近かった。
世界管理領域。
それは世界を管理するための場所。
世界を観測するための場所。
世界へ介入するための場所。
管理が消えれば。
存在理由も消える。
笑うものが顔をしかめる。
『いや待って』
遠くの崩れ始めた空間を見る。
小さく眉を寄せた。
『じゃあここ、崩れるの?』
「ええ」
セレナは頷く。
「ただ、世界群そのものは既に独立しています」
少し間。
漂う結晶世界を見る。
静かな声。
「消えるのは“檻”です」
沈黙。
その言葉だけで十分だった。
結晶世界は残る。
文明も残る。
生命も残る。
未来も残る。
消えるのは。
それらを閉じ込めていた管理機構だけ。
笑うものはしばらく黙っていた。
遠くで広がる亀裂を見る。
生まれた時から当たり前だったもの。
絶対に壊れないと思っていたもの。
それが今。
音もなく崩れている。
やがて。
小さく息を吐いた。
『……本当に終わったんだな』
観測。
修正。
管理。
生まれた瞬間から存在していたもの。
誰も逆らえないと思っていたもの。
誰も壊せないと思っていたもの。
それが今。
静かに終わろうとしていた。
士郎は崩れ始めた空間を見上げる。
興味なさそうに。
面倒そうに。
鼻を鳴らした。
「終わったなら帰るか」
本気だった。
感慨も何もない。
壊す相手が居なくなった。
それだけだった。
翔が煙を吐く。
崩れていく白を見る。
少し間を置く。
静かな声。
「終わってねぇだろ」
その言葉に。
笑うものが嫌そうな顔になる。
『だからその言い方やめろって』
『せっかく良い感じに終わろうとしてたのに』
翔は気にしない。
煙を吐く。
そして。
ぼそりと言った。
「報告してた」
短く。
「だったら何か来る」
沈黙。
笑うものが固まる。
言い返せない。
実際そうだった。
管理中枢は最後に報告していた。
最上位権限へ。
つまり。
まだ上が居る。
認めたくはないが。
その可能性は高い。
だが。
今までとは違った。
恐怖ではない。
逃げなきゃいけないという焦りでもない。
追われる側の諦めでもない。
少しだけ。
覚悟に近かった。
もし来るなら。
今度は逃げない。
そんな感覚だった。
遠くで。
白い世界がまたひとつ崩れる。
亀裂が広がる。
管理領域が消えていく。
誰にも修正されないまま。
誰にも管理されないまま。
無数の世界だけが。
静かに漂っていた。




