第二部 第196話 自由
世界管理領域は、驚くほど静かだった。
あれほど頭の奥を埋め尽くしていた管理音声は消えている。
命令もない。
観測もない。
介入もない。
白い空間には、無数の結晶世界だけが漂っていた。
生まれかけた世界。
壊れかけた世界。
終わりを迎えた世界。
始まりを待つ世界。
どれも静かだった。
誰かに管理される気配がない。
ただそこに存在している。
それだけだった。
『……マジで終わった?』
笑うものは辺りを見回しながら、半信半疑の顔をしていた。
『あの管理文明が?』
返事はない。
頭の奥へ流れ込んでいた命令も。
監視も。
存在を測るような圧も。
何一つ届かない。
静かすぎた。
それが逆に落ち着かない。
だが同時に。
妙に軽かった。
ずっと何かに追われていた感覚がある。
どれだけ逃げても。
どれだけ隠れても。
観測外者というだけで消される側だった。
管理される側だった。
測られる側だった。
いつ切り捨てられてもおかしくない世界だった。
なのに今は違う。
何も来ない。
誰も見ていない。
誰にも決められない。
笑うものはしばらく黙り込んだ。
漂う結晶世界を見る。
静かに回る小さな世界。
遠くで光る大きな世界。
誰にも触れられないまま存在している。
やがて。
小さく息を吐いた。
『……自由か』
その言葉は。
自分でもまだ信じ切れていないみたいに静かだった。
セレナは白い結晶群を見つめていた。
いつも通り静かな顔。
なのに。
どこか不思議そうだった。
「……静かですね」
小さく呟く。
少し目を細める。
「こんな光景、初めて見ました」
管理されることが当たり前だった場所。
観測されることが当たり前だった場所。
介入されることが当たり前だった場所。
そこから。
音だけが消えたような感覚だった。
結晶世界は変わらない。
白い空間も変わらない。
だが確かに。
何かが終わっていた。
士郎はそんな空気に興味がないらしい。
漂う結晶世界を一瞥すると。
つまらなそうに鼻を鳴らした。
「静かになったな」
少し間を置く。
「やっと耳障りなのが消えた」
本当にそれだけだった。
管理文明の崩壊も。
世界の独立も。
自由になった未来も。
士郎にとってはどうでもいい。
うるさい奴らが消えた。
その程度の認識だった。
翔は煙を吐く。
白い空間をゆっくり見渡していた。
管理は終わった。
少なくとも。
そう見える。
だが。
頭の片隅に残っている。
中枢管理個体が最後に残した言葉。
――最上位権限へ報告。
少し沈黙する。
そして。
翔が静かに言った。
「これで終わりならな……」
『やめろって』
笑うものが露骨に顔をしかめた。
『今ちょっと自由満喫しようとしてたんだけど?』
『空気読めよ』
翔は答えない。
煙を吐くだけだった。
白い空間には。
ただ静かな世界だけが漂っている。
管理者を失った世界。
自由になった世界。
誰にも決められない世界。
それらが何事もなかったように。
静かに浮かんでいた。




