第二部 第186話 対処不能
白い空間が震えていた。
違う。
怯えていた。
今までとは明確に違う。
外界そのものが。
士郎と翔から距離を取ろうとしている。
空間が退く。
法則が避ける。
観測が沈黙する。
まるで近付くだけで壊されると知っているようだった。
中心防衛個体が消えた後も。
動揺は終わっていない。
むしろ広がっている。
白い戦場全体が、静かに後退していた。
笑うものが顔を引き攣らせる。
『いや』
少し間。
周囲を見る。
『空間そのものが逃げてるんだけど』
短く。
『もう完全に災害扱いじゃん』
セレナは何も答えなかった。
ただ白い空間を見つめる。
静かな瞳に。
初めて理解不能が混ざっている。
「……中心防衛個体」
小さい声。
「外界最高位です」
少し間。
「それが」
短く。
「一撃も成立しない」
言葉が止まる。
説明が追い付かない。
理解している。
だが納得できない。
そんな顔だった。
その瞬間。
頭の奥へ無数の観測が流れ込む。
違う。
命令ではない。
混乱。
焦燥。
恐怖。
『中心防衛壊滅』
『最高位戦力消失』
『対処不能』
『怪物群接近』
声が増える。
重なる。
今まで完全だった統率が崩れていた。
『中心防衛再投入不可』
『迎撃成功率消失』
『文明維持危険域』
『被害予測不能』
『侵食拡大継続』
観測同士が衝突している。
結論が出ない。
解析が追い付かない。
外界側は初めて遭遇した。
理解できない敵に。
沈黙。
そして。
初めて明確な変化が起きた。
白い空間の奥。
閉じていたはずの領域が。
ひとりでに開いていく。
白い壁が割れる。
法則が退く。
観測が道を作る。
一本の通路。
広い。
深い。
果てが見えない。
その奥から。
今までとは比較にならない圧が流れてきた。
笑うものが止まる。
『……あ』
少し間。
本気で嫌そうな顔。
『これ』
短い。
『逃がそうとしてる』
セレナの目が止まる。
小さい声。
「違います」
静かな瞳が奥を見る。
「外界が」
僅かな沈黙。
「これ以上ここで戦われたくないんです」
白を見る。
崩れた法則。
乱れた観測。
沈んだ戦場。
「近くで暴れられる方が危険だと判断しています」
少し間。
「迎撃ではありません」
さらに続ける。
「誘導です」
その言葉に。
笑うものが本気で固まった。
『誘導』
短い。
『怪物を?』
『外界が?』
『自分から?』
誰も否定できない。
事実だった。
迎撃に失敗した。
最高位も失った。
だから選んだ。
戦わせる場所を変えることを。
士郎は奥を見る。
深く。
遠く。
まだ見ぬ何かを見据えるように。
少し笑う。
「へぇ」
口元が歪む。
「強いの居そうだな」
翔が煙を吐く。
静かな目。
奥を見たまま。
「行くか」
二人が歩き出す。
白い通路へ。
怪物が前へ進む。
その瞬間。
外界そのものが静かになった。
揺れていた法則が落ち着く。
観測の乱れが減る。
空間の震えが止まる。
まるで。
嵐が遠ざかったかのように。
笑うものが固まる。
『いや待って』
短い。
『今』
『安心したよね?』
さらに間。
『追い出されてるだけじゃん!?』
誰も否定しなかった。
それが。
外界側の出した結論だった。




