第二部 第185話 格違い
沈黙が落ちた。
白い空間に。
何もない。
中心防衛個体。
十数体。
外界最高位。
法則を再定義し、世界そのものを書き換える存在。
その全てが消えていた。
誰も動かない。
違う。
もう動くものが残っていなかった。
削除は止まっている。
法則は止まっている。
敵意は消えている。
執行意思。
その根幹そのものが死んだ。
だから終わった。
あまりにも簡単に。
あまりにも静かに。
中心防衛個体の身体が崩れる。
音はない。
悲鳴もない。
断末魔もない。
ただ霧のように散っていく。
白い身体。
世界を支えていた法則。
膨大な観測。
全てが粒子となって消滅していく。
まるで最初から存在していなかったかのように。
白い空間には何も残らない。
笑うものが固まった。
『……え?』
少し間。
顔が引き攣る。
『終わり?』
さらに間。
『いや中心防衛だよね?』
『外界最高位だよね?』
『何で消えてるの?』
誰も答えない。
セレナも止まっていた。
初めてだった。
言葉が出ない。
何もなくなった空間を見つめる。
小さな声。
「……あり得ません」
静かな瞳が揺れる。
「中心防衛個体です」
短く。
「外界最高位です」
沈黙。
「法則そのものを再定義できる存在が……」
続きが出ない。
言葉にできなかった。
理屈が成立しない。
外界側にとって中心防衛個体とは、防衛機構の最終到達点だった。
文明を守るための完成形。
そのはずだった。
だが。
士郎と翔の前では意味を持たない。
頭の奥へ。
ざわめきが流れ込む。
違う。
統率ではない。
恐怖だった。
『中心防衛損耗』
『殲滅失敗』
『再定義不能』
『観測維持不能』
『危険度更新不能』
今まで無機質だった声に。
初めて理解不能が混ざる。
『解析不能』
『侵食進行』
『怪物群——』
僅かな沈黙。
そして。
初めて。
声が乱れた。
『対処不能』
白い空間が揺れる。
観測が乱れる。
法則が震える。
まるで外界そのものが動揺しているようだった。
笑うものが固まる。
『うわ』
短い。
『認めた』
『今認めたよね?』
『対処不能って言ったよね!?』
士郎は何もなくなった空間を見る。
そして少しだけ笑った。
低く。
「弱ぇな」
ただそれだけ。
外界最高位を評した言葉が、それだった。
翔が煙を吐く。
静かな声。
「次」
それだけだった。
笑うものが本気で引いた顔をする。
『いや待って』
少し間。
何もなくなった空間を見る。
『それ外界最高位なんだけど!?』
『終わったばっかなんだけど!?』
だが。
士郎と翔はもう前を見ていた。
奥。
さらに奥。
まだ先がある。
まだ強い気配が残っている。
士郎の口元が少し歪む。
獲物を見つけた獣のように。
「まだ居るな」
翔が煙を吐く。
短く。
「行くか」
その瞬間。
白い空間そのものが震えた。
法則が揺れる。
観測が乱れる。
距離が歪む。
まるで外界そのものが。
怪物達の接近を恐れているように。
初めて。
白い世界が。
逃げるように震えた。




