第38話 戦場の死神
血刃のゼクト戦死。
その報は、一瞬で北方戦線全域へ広がった。
魔族軍幹部。
前線最悪の怪物。
それを討ち取ったのは。
王国騎士でも。
英雄でもない。
黒狼――西園寺士郎。
◇
ヴァルガ砦。
兵士たちは歓声を上げていた。
「勝ったぞ!!」
「ゼクトが死んだ!!」
「魔族軍が退いていく!!」
歓喜。
涙。
生き残った安堵。
だが。
その中心で。
士郎だけは静かだった。
戦場中央。
死体の山。
血の海。
その中で立っている。
黒いコートはボロボロ。
全身傷だらけ。
それでも。
まだ立っている。
兵士たちが士郎を見る。
恐怖。
畏怖。
熱狂。
だが
誰も近づけない。
英雄を見る目じゃなかった。
“災害”を見る目だった。
◇
アレスが士郎へ歩み寄る。
「終わったな」
士郎は魔族軍の撤退を見ながら答える。
「まだいるだろ」
アレスは苦笑した。
本当に戦争しか見ていない。
アレスは静かに言う。
「お前のおかげで助かった」
士郎は興味なさそうだった。
感謝。
名誉。
そんなものに価値を感じていない。
グランが近づく。
「前線じゃもう伝説だぞ、黒狼」
「そうか」
「反応薄いな……」
士郎は血を払う。
ただ
少しだけ物足りなかった。
ゼクトは強かった。
だが。
まだ足りない。
もっと死に近い戦いが欲しい。
その飢えが消えない。
◇
その夜。
ヴァルガ砦では宴が開かれていた。
生き残った兵士たち。
酒。
歓声。
勝利の宴。
だが
士郎は参加していなかった。
砦外壁。
一人で座っている。
静かな夜。
リゼが隣へ来る。
「またここにいた」
「ああ」
リゼは士郎を見る。
横顔。
どこか遠くを見ている目。
リゼは小さく言った。
「みんな士郎のこと、英雄だって言ってる」
士郎は少し黙る。
そして。
「違う」
即答だった。
リゼが見る。
士郎は夜空を見ながら言う。
「俺は人を救いたいわけじゃない」
風が吹く。
静かな声。
だが。
冷たい。
「強い奴と殺し合いたいだけだ」
リゼの胸が痛む。
分かっていた。
でも。
改めて言葉にされると苦しかった。
士郎は続ける。
「この戦場は悪くなかった」
その言葉に。
リゼは何も言えなかった。
◇
同じ頃。
王都ヴァルディア。
王国上層部は、北方戦線の報告を受けていた。
ゼクト討伐
敵補給基地壊滅
ワイバーン部隊殲滅
幹部級複数交戦
戦線維持成功
その中心。
全てに同じ名前がある。
【黒狼】
幹部の一人が呟く。
「危険すぎる……」
別の男が言う。
「もはや国家戦力だ」
「いや」
老人が低く呟く。
「国家そのものを滅ぼしかねん」
沈黙。
誰も否定できなかった。
◇
魔族軍側でも同じだった。
ゼクト死亡。
補給崩壊。
前線後退。
その原因。
黒狼。
魔族たちは、その名を恐れていた。
「人間じゃない……」
「戦場の死神だ……」
その異名は。
人類だけでなく。
魔族側にも広がり始めていた。
◇
深夜。
士郎は一人で立っていた。
砦外。
静かな風。
遠くで死体を焼く炎が揺れている。
士郎は拳を握る。
戦場は終わった。
だが。
飢えは消えない。
もっと強い敵を。
もっと死に近い戦いを。
その時だった。
風に混じって。
微かな魔力を感じる。
遠く。
どこかから。
“視線”のようなものを感じた。
士郎の目が細くなる。
だが
すぐに消えた。
気のせいか。
その頃。
遥か遠方。
灰色の塔。
闇の中。
一人の女が、静かに笑っていた。
銀髪。
赤い瞳。
妖艶な魔力。
彼女は静かに呟く。
「ようやく見つけた」
灰の魔女。
エレノア。
世界最悪の魔術師は。
“黒狼”へ興味を持ち始めていた。
第二章
『血塗れの傭兵編』 完。




