第25話 黒狼突破
戦場が震えていた。
血刃のゼクト。
魔族軍幹部。
その本気。
赤黒い紋様が全身を覆い、溢れた魔力だけで地面が砕けていく。
兵士たちは後退ることしかできない。
「化け物だ……」
「これが幹部級……!」
だが。
その怪物を前にして。
士郎は笑っていた。
黒い瞳が細くなる。
「いい殺気だ」
ゼクトの口元が歪む。
「貴様もな」
次の瞬間。
二人が同時に消えた。
轟音。
拳と魔剣が激突する。
衝撃波で周囲の兵士が吹き飛ぶ。
速すぎる。
誰も追えない。
アレスですら、辛うじて見えている程度。
◇
ゼクトの斬撃が士郎を裂く。
血飛沫。
だが。
士郎は止まらない。
拳を叩き込む。
ゼクトの肋骨が砕ける。
さらに膝蹴り。
顎が跳ね上がる。
ゼクトが笑う。
「素晴らしい!!」
魔剣を振るう。
黒い斬撃が連続で放たれる。
地面が裂ける。
士郎は避けながら前へ出る。
最短距離。
最小動作。
まるで殺すためだけに存在している動き。
ゼクトの目が細くなる。
「貴様……何人殺してきた」
士郎は即答した。
「覚えてない」
その答えに。
ゼクトは本気で笑った。
「ははは!! 最高だ、人間!!」
戦場が揺れる。
二人の戦いは、もはや人智を超えていた。
◇
後方。
リゼは震えていた。
怖い。
ゼクトも。
そして。
士郎も。
今の士郎は、ルーガスにいた頃と違う。
戦場に出てから。
どんどん危うくなっている。
グランが低く呟く。
「……飲まれてるな」
「え?」
「戦場に」
士郎は戦いを楽しみすぎている。
血。
死。
殺し合い。
そこへ適応しすぎている。
それが異常だった。
◇
戦場中央。
ゼクトが距離を取る。
全身血まみれ。
だが笑っている。
士郎も同じだった。
傷だらけ。
それでも。
まだ前へ出る。
ゼクトが低く言う。
「貴様、人間をやめる気はないか」
士郎の目が細くなる。
「なんだそれは」
「魔族になれと言っている」
魔族軍がざわつく。
幹部自らの勧誘。
異例だった。
ゼクトは続ける。
「貴様ほどの怪物、人間側には似合わん」
士郎は少し黙る。
そして。
「断る」
即答。
ゼクトが笑う。
「だろうな」
次の瞬間。
ゼクトの魔力が爆発した。
空が黒く染まる。
巨大な魔法陣。
アレスの顔色が変わる。
「まずい!!」
ゼクトが魔剣を掲げる。
「死ね、黒狼」
超高密度魔力。
戦場殲滅級。
兵士たちが絶望する。
だが。
士郎は笑っていた。
「それで終わりか?」
ゼクトの瞳が細くなる。
魔剣が振り下ろされた。
黒い奔流。
全てを飲み込む破壊。
だが。
士郎は真正面から突っ込んだ。
轟音。
魔力の嵐を突破する。
皮膚が裂ける。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
そして。
ゼクトの眼前へ到達する。
ゼクトが初めて目を見開いた。
「な――」
士郎の拳が突き刺さる。
ドゴォォォォォン!!!
衝撃。
ゼクトの身体が吹き飛ぶ。
地面を削りながら数百メートル先まで転がった。
沈黙。
戦場全体が止まる。
魔族軍幹部。
血刃のゼクト。
それを。
人間が真正面から叩き潰した。
士郎は血を払う。
呼吸は荒い。
全身ボロボロ。
だが。
倒れない。
ゼクトがゆっくり立ち上がる。
顔は砕け、片腕も潰れていた。
それでも笑っている。
「……はは」
赤い瞳が士郎を見る。
「やはり貴様は、化け物だ」
士郎は答える。
「お前も悪くない」
ゼクトは魔剣を肩へ担ぐ。
そして。
踵を返した。
魔族軍がざわめく。
「ゼクト様!?」
ゼクトは振り返らない。
「今日はここまでだ」
魔族軍が撤退を始める。
人類軍は呆然としていた。
勝った。
黒狼が。
魔族軍幹部を退けた。
兵士たちが士郎を見る。
恐怖。
畏怖。
そして。
狂気を見る目。
士郎は静かに戦場を見渡す。
死体の山。
血の海。
その光景を見ながら。
ほんの少しだけ。
笑っていた。




