第21話 北方戦線
北へ進むほど、景色は変わっていった。
焼けた村。
崩れた城壁。
放置された死体。
戦争の跡。
リゼは顔を曇らせる。
「ひどい……」
傭兵たちは慣れた様子だった。
誰も驚かない。
北方戦線では日常だからだ。
グランが馬車の上で言う。
「魔族軍は今年に入って一気に動き始めた」
「理由は」
士郎が聞く。
「知らん。だが妙だ」
グランの顔が険しくなる。
「今までの魔族軍とは動きが違う」
統率されている。
無駄がない。
まるで誰かが裏で全て操っているようだった。
士郎は興味なさそうに呟く。
「強い奴がいるんだろ?」
グランが笑う。
「まあな」
その言葉に、士郎の口元が僅かに歪んだ。
◇
数日後。
北方要塞都市グランゼル。
巨大な防壁都市。
だが空気は最悪だった。
兵士たちは疲弊し、街には負傷者が溢れている。
怒号。
血の匂い。
死の空気。
戦場だった。
士郎は静かに周囲を見る。
「悪くない」
リゼが引いた顔をする。
「感想それ?」
城門前。
王国兵たちが傭兵団を迎える。
「“餓狼の牙”か」
「応援に来た」
兵士の視線が士郎で止まった。
黒いコート。
異様な威圧感。
そして腰に下げられた、黒雷ギルザードの牙。
兵士の顔色が変わる。
「……黒狼」
ざわめき。
噂は既に前線まで届いていた。
S級を素手で殺した怪物。
兵士たちの目に浮かぶのは、尊敬ではない。
恐怖。
グランが笑う。
「安心しろ」
「……」
「多分まだ味方だ」
兵士たちの顔がさらに引きつった。
◇
要塞内部。
作戦会議室。
王国軍の指揮官たちは、傭兵団を露骨に嫌っていた。
「傭兵か……」
「信用ならん連中だ」
グランは鼻で笑う。
「金で戦う分、お前らより正直だ」
空気が悪くなる。
その時。
扉が開いた。
一人の男が入ってくる。
銀の鎧。
鋭い眼。
長身。
王国騎士団長――アレス。
部屋の空気が変わった。
傭兵たちですら、思わず口を閉ざす。
強い。
一目で分かる。
アレスの視線が士郎で止まる。
数秒。
沈黙。
そして。
「来たか、黒狼」
士郎は静かに見返す。
今まで会った人間の中で、一番強い。
アレスも理解していた。
この男は危険だと。
だが同時に。
今の戦場で必要な存在でもある。
アレスは地図を広げる。
「状況を説明する」
北方戦線。
現在、人類側は劣勢。
魔族軍は圧倒的な物量で侵攻を続けていた。
さらに。
アレスが地図の一点を指差す。
最前線砦。
そこへ赤い印が付いている。
「三日前、魔族軍幹部が現れた」
空気が重くなる。
兵士たちの顔が険しくなった。
アレスは低く言う。
「一夜で砦が落ちた」
沈黙。
要塞砦は簡単に落ちない。
それを一晩。
異常だった。
士郎が聞く。
「強いのか」
アレスは頷く。
「ああ」
そして。
「確認されているだけで、A級冒険者が七人殺されている」
リゼが息を呑む。
A級七人。
普通なら国家戦力。
それが壊滅。
アレスは静かに続ける。
「名は“血刃のゼクト”」
魔族軍幹部。
北方戦線最悪の怪物。
その瞬間。
士郎が笑った。
ほんの少し。
獰猛に。
アレスはその目を見る。
この男。
本当に戦いを楽しんでいる。
普通なら恐怖する話。
だが士郎にとっては違う。
“強い敵がいる”。
それだけで十分だった。
会議後。
アレスが士郎へ近づく。
「一つ忠告する」
「なんだ」
「ゼクトは危険だ」
士郎は答える。
「そうか」
「……聞いているのか?」
「問題ない」
即答。
アレスは眉をひそめる。
だが理解していた。
この男は、恐怖で止まる人間じゃない。
士郎は窓の外を見る。
遠く。
戦場の方角。
そこから濃い殺気が流れてきていた。
士郎は静かに呟く。
「早く殺り合いたいな」
その言葉に。
近くにいた兵士たちは、本気で背筋が寒くなった。




