第20話 血塗れの傭兵団
王都ヴァルディア。
巨大な白亜の城。
その謁見の間では、重苦しい空気が流れていた。
机の上へ置かれている報告書。
【S級危険種・黒雷ギルザード討伐】
しかも討伐者は、たった一人。
西園寺士郎。
通称――黒狼。
王国軍幹部たちの顔は険しい。
「ありえん……」
「魔力なしでS級を?」
「本当に人間か?」
ざわめき。
恐怖。
誰もが理解していた。
この男は危険だと。
だが同時に。
必要でもあった。
北方戦線。
魔族軍の侵攻は激化している。
戦力はいくらあっても足りない。
王国騎士団長アレスは静かに言った。
「少なくとも敵には回したくない」
その一言で空気が重くなる。
王国上層部も理解していた。
黒狼は兵器だ。
制御不能の。
◇
その頃。
士郎はルーガスを出ようとしていた。
街門前。
黒いコートを羽織り、無言で立っている。
リゼが不満そうに頬を膨らませる。
「ほんと急だよね」
「ここは飽きた」
「ひどい」
士郎らしい理由だった。
だが実際。
ルーガスでは、もうまともな相手がいない。
S級を倒した時点で、街の空気は完全に変わってしまった。
恐怖。
畏怖。
誰も士郎を普通の人間として見ていない。
レオンが壁にもたれながら言う。
「王都へ行くのか?」
「知らん」
「は?」
「強い奴がいる場所へ行くだけだ」
レオンが苦笑する。
「戦闘狂め」
その時だった。
街道の奥から、複数の馬車が近づいてくる。
武装集団。
傭兵だった。
鎧も武器もバラバラ。
だが全員、戦場の匂いがする。
先頭の大男が士郎を見る。
隻眼。
大斧を背負った巨漢。
「お前が黒狼か」
士郎は相手を見る。
強い。
今までの雑魚よりは遥かに。
男は笑った。
「噂通りなら面白そうだ」
リゼが警戒する。
「誰?」
男は胸を叩いた。
「傭兵団“餓狼の牙”団長、グラン」
周囲の傭兵たちもニヤついている。
完全に戦場の人間。
グランは士郎へ言う。
「北方戦線へ向かう」
士郎の目が細くなる。
「戦争か」
「ああ。魔族との大戦争だ」
その言葉に、士郎は少しだけ笑った。
強者。
死。
殺し合い。
そこには全部ある。
グランは続ける。
「王国軍は人手不足だ。腕の立つ奴なら歓迎される」
そして。
士郎を見て笑った。
「特に化け物ならな」
レオンが嫌な顔をする。
「やめとけグラン。その男は――」
「災害指定だろ?」
グランは笑う。
「知ってるさ」
周囲の人々がざわつく。
普通なら避ける。
だが。
彼らは傭兵。
危険な戦場を渡ってきた狂人たち。
むしろ興味を持っていた。
グランが聞く。
「来るか?」
沈黙。
士郎は少しだけ考える。
戦争。
大規模な殺し合い。
そして魔族。
強い奴もいるだろう。
士郎は答えた。
「退屈しなさそうだ」
グランが笑う。
「決まりだな」
リゼが慌てる。
「ちょ、ちょっと待って! 本当に行くの!?」
士郎は当然のように言う。
「ああ」
「戦争だよ!?」
「だからだ」
リゼが頭を抱える。
レオンはため息を吐いた。
「……北方戦線が終わるな」
◇
その夜。
傭兵団の野営地。
酒。
焚き火。
怒鳴り声。
荒っぽい空気。
だが士郎には妙に馴染んでいた。
前の世界の戦場に近い。
傭兵たちは最初、士郎を警戒していた。
だが。
S級を素手で殺した男。
その噂を聞いているせいで、逆に妙な盛り上がり方をしている。
「おい黒狼!」
「本当にS級殴り殺したのか!?」
「どんな拳してんだよ!」
士郎は酒を飲みながら答える。
「普通だ」
「嘘つけ!!」
笑いが起きる。
リゼは少し驚いていた。
士郎が。
馴染んでいる。
冒険者ギルドでは孤立していたのに。
だが。
戦場帰りの傭兵たちは違う。
強さが全て。
狂ってるほど尊敬される。
だから士郎の異常性を、むしろ受け入れていた。
グランが酒を飲みながら言う。
「黒狼」
「なんだ」
「戦場は街と違うぞ」
グランの目が鋭くなる。
「人間も魔族も、簡単に死ぬ」
士郎は即答した。
「知ってる」
その答えに、グランは少しだけ笑う。
ああ、この男は本当に。
“こっち側”だと理解した。
そして。
北方戦線。
血と死に染まった地獄へ向けて、傭兵団は進み始めた。




