第19話 化け物
北方山域。
空は黒雷で染まっていた。
轟音。
山が揺れる。
黒雷ギルザードが咆哮するたび、大地が裂ける。
S級危険種。
国家災害。
普通の人間なら、近づくだけで死ぬ。
だが。
西園寺士郎は笑っていた。
血まみれのまま。
「いい」
黒いコートは焼け焦げ、全身に傷が走っている。
それでも。
まだ立っている。
ギルザードの赤い眼が士郎を睨む。
理解できない。
なぜ壊れない?
なぜ恐れない?
士郎は拳を握る。
骨が軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
だが。
止まる気はなかった。
「来い」
次の瞬間。
ギルザードが突進した。
轟音。
山を砕きながら迫る巨大な死。
士郎は真正面から踏み込む。
拳。
激突。
衝撃波で木々が吹き飛ぶ。
士郎の身体が滑る。
地面が抉れる。
だが。
止まらない。
士郎はそのままギルザードの懐へ潜り込んだ。
拳を連打する。
腹。
喉。
顎。
人体破壊術。
それを、そのまま超巨大魔獣へ叩き込む。
ギルザードの黒い皮膚が割れる。
血が飛ぶ。
巨獣が怒り狂った。
黒雷が炸裂する。
士郎の身体へ直撃。
轟音。
山肌へ叩きつけられる。
岩が砕ける。
普通なら即死。
だが。
士郎はゆっくり立ち上がる。
口から血を吐きながら。
笑っていた。
「最高だ……!」
ギルザードが一瞬動きを止める。
本能。
恐怖。
目の前の人間は異常だと理解してしまった。
士郎は歩く。
一歩。
また一歩。
黒い瞳が獰猛に細くなる。
「どうした」
低い声。
「終わりか?」
ギルザードが咆哮した。
空が裂ける。
全身の黒雷が収束していく。
超高密度魔力。
山ごと消し飛ばす最大攻撃。
遠く離れたルーガスからも見えていた。
黒い閃光。
人々が絶望する。
「終わった……」
「街まで来るぞ……!」
リゼは城壁の上で震えていた。
「士郎……!」
山域。
ギルザードが放つ。
黒雷奔流。
極太の破壊光線。
大気を焼きながら士郎へ迫る。
だが。
士郎は逃げない。
拳を握る。
筋肉が軋む。
血が沸騰する。
そして。
「――潰す」
拳を振るった。
轟音。
黒雷が砕け散る。
衝撃波が山脈を揺らす。
ギルザードの眼が見開かれた。
ありえない。
魔力も持たない人間が。
S級の最大攻撃を、正面から破壊した。
次の瞬間。
士郎が目の前へ現れる。
そして。
拳を叩き込んだ。
ドゴォォォォォォン!!!
世界が揺れた。
ギルザードの頭部が陥没する。
巨体が崩れる。
山が震える。
黒雷が消えていく。
静寂。
風だけが吹いていた。
S級危険種。
黒雷ギルザード。
死亡。
士郎は血まみれのまま立っている。
呼吸は荒い。
全身ボロボロ。
だが倒れない。
そして。
小さく笑った。
「……悪くなかった」
◇
翌朝。
士郎がルーガスへ戻った瞬間。
街は沈黙した。
全員が見ている。
黒いコート。
血まみれの男。
そして。
S級危険種の牙。
誰もが理解した。
本当に殺した。
国家災害を。
しかも。
魔力なしで。
兵士の一人が震える声で呟く。
「……化け物だ」
誰も否定できなかった。
だが。
リゼだけは違う。
涙目で士郎へ駆け寄る。
「無茶しすぎ!!」
士郎は少しだけ目を細める。
「勝った」
「そういう問題じゃない!」
リゼが怒鳴る。
周囲の人々は、その光景を呆然と見ていた。
化け物。
そう呼ばれた男へ。
真正面から怒れる少女がいる。
士郎は黙って空を見る。
異世界へ来てから。
初めてだった。
これほど“生きている”と感じたのは。
その夜。
遠く離れた場所で。
誰かが、微かに目を開いた。
だが。
その存在を知る者は、まだ誰もいない。
第一章
『黒衣の転生者編』 完。




