第18話 黒雷ギルザード
黒雷ギルザード。
その名は、王国北部では伝説だった。
山を砕き。
軍を壊滅させ。
都市を消した怪物。
S級危険種。
国家災害。
目の前に立つだけで分かる。
今までの敵とは格が違う。
◇
北方山域。
黒雷ギルザードは士郎を見下ろしていた。
巨大な赤眼。
岩のような黒い皮膚。
身体の周囲では、黒い雷が弾けている。
大気が焦げる臭い。
普通の人間なら、近づくだけで死ぬ。
だが。
士郎は笑っていた。
黒いコートが風で揺れる。
「いいな」
その声には、本物の愉悦が混ざっていた。
ギルザードが低く唸る。
本能が理解している。
目の前の人間は危険。
ただの獲物ではない。
次の瞬間。
ギルザードが動いた。
轟音。
巨体とは思えない速度。
前脚が振り下ろされる。
士郎は跳ぶ。
直後。
地面が爆発した。
森が吹き飛ぶ。
衝撃波だけで木々が粉砕される。
士郎は空中で体勢を変え、ギルザードの頭部へ蹴りを放つ。
ドゴォォォン!!
衝撃。
だが。
硬い。
士郎の蹴りを受けても、ギルザードはほとんど揺れなかった。
士郎の目が細くなる。
「なるほど」
今までとは違う。
本当に。
“壊れない”。
ギルザードが咆哮した。
黒い雷が炸裂する。
士郎の身体へ直撃。
轟音。
地面へ叩き落とされる。
土煙。
だが。
士郎は立ち上がる。
コートが焼けていた。
皮膚も裂けている。
それでも。
笑っている。
「最高だ」
ギルザードが一瞬動きを止める。
理解できない。
なぜこの人間は恐れない?
士郎は拳を握る。
身体が熱い。
血が騒ぐ。
久しぶりだった。
ここまで自分を殺せそうな相手は。
ギルザードが再び突進。
黒雷を纏った体当たり。
山すら砕く一撃。
士郎は避けない。
真正面から踏み込む。
拳。
轟音。
衝撃波が周囲の木々を吹き飛ばした。
士郎の身体が滑る。
だが。
止まらない。
ギルザードの巨体も僅かに揺れた。
士郎は笑う。
「効くじゃねぇか」
次の瞬間。
ギルザードの尾が横薙ぎに振るわれる。
速い。
士郎の脇腹へ直撃。
轟音。
身体が吹き飛び、岩壁へ叩きつけられる。
岩が砕ける。
血が流れる。
普通なら即死。
だが。
士郎はゆっくり立ち上がる。
息は荒い。
骨も軋んでいる。
それでも。
目は死んでいない。
むしろ。
さらに獰猛になっていた。
◇
その頃。
ルーガスでは、遠くの山脈を見て人々が震えていた。
轟音が止まらない。
空が黒い。
雷が落ち続けている。
リゼは城壁の上で、北方山域を見つめていた。
「士郎……」
胸騒ぎが止まらない。
レオンも険しい顔だった。
分かっている。
あれはもう、人間の戦いじゃない。
災害同士の衝突だ。
◇
山域。
ギルザードが咆哮する。
黒雷が空を覆う。
士郎は血を拭う。
「まだだ」
踏み込む。
速度がさらに増す。
ギルザードの懐へ潜り込み、拳を連打する。
腹。
喉。
顎。
轟音が連続する。
ギルザードが初めて苦鳴を漏らした。
効いている。
だが。
まだ足りない。
ギルザードが怒り狂う。
口が開く。
黒い光。
士郎の目が細くなる。
「ブレスか」
次の瞬間。
極太の黒雷が放たれた。
山を貫く。
森が消し飛ぶ。
士郎は跳躍して回避。
だが掠めただけで、腕の肉が焼けた。
壮絶。
だが。
士郎は笑う。
「いい」
ギルザードを見上げる。
「もっと来い」
その瞬間。
士郎の身体から、微かに黒い靄が漏れた。
ほんの一瞬。
本人すら気づかないほど微弱。
だが。
ギルザードは動きを止めた。
赤い眼が揺れる。
本能。
恐怖。
怪物が理解した。
目の前の人間の中に。
“別の何か”がいると。




