第17話 S級反応
北方山域。
黒い雲が空を覆っていた。
空気が重い。
まるで世界そのものが息を止めているような圧迫感。
ルーガスの街では、人々が不安そうに空を見上げていた。
「なんだあれ……」
「嵐か……?」
だが。
戦いを知る者たちは理解していた。
違う。
あれは災害だ。
◇
冒険者ギルド。
空気は最悪だった。
ダグラス。
レオン。
騎士団。
全員の顔が険しい。
報告に来た斥候は、顔面蒼白だった。
「確認しました……」
喉が震えている。
「北方山域最深部にて、超大型魔獣反応……」
レオンが低く聞く。
「種類は」
「不明……ですが」
斥候の額から汗が流れる。
「周辺一帯の魔獣が、全て逃げ出しています」
沈黙。
それだけで異常だった。
A級危険種ですら、縄張りを捨てて逃げる。
つまり。
もっと上。
ダグラスが呟く。
「S級……」
ギルド内の空気が凍った。
S級危険種。
国家災害。
一体で都市を滅ぼす怪物。
普通の冒険者ではどうにもならない。
騎士団長が険しい顔で言う。
「王都へ救援要請は出した」
「間に合うのか?」
「分からん」
最悪だった。
S級が街へ来れば終わる。
ルーガス程度の都市では防げない。
リゼが不安そうに士郎を見る。
だが。
士郎は静かだった。
むしろ。
少しだけ楽しそうですらある。
レオンが顔をしかめる。
「お前……まさか行く気か」
「ああ」
即答。
ダグラスが怒鳴る。
「馬鹿言え!!」
ギルドが静まり返る。
ダグラスは本気だった。
「A級とは訳が違うんだぞ!」
「そうか」
「S級は軍隊でも壊滅する!」
「なら面白い」
空気が止まる。
リゼの顔が青ざめる。
「士郎……」
だが士郎は、本気だった。
強い敵。
それだけで十分。
騎士団長が睨む。
「死ぬぞ」
士郎は少し考えた。
そして。
「ならそれまでだ」
その答えに、誰も言葉を失った。
恐怖がない。
いや。
死すら受け入れている。
レオンは苦い顔で呟く。
「ほんと壊れてんな……」
◇
夜。
士郎は一人で北方山域へ向かっていた。
黒いコートが風で揺れる。
森は異様なほど静かだった。
魔獣の気配がない。
全部逃げた。
それだけで、S級の異常さが分かる。
士郎は歩きながら考える。
この世界へ来てから。
強い敵と戦うたび、身体が妙に熱くなる。
腹も減る。
戦えば戦うほど。
何かが満たされる気がする。
だが。
同時に、別の感覚もあった。
奥底で“何か”が目覚めていくような違和感。
士郎は眉をひそめる。
「……気に入らんな」
その時。
地面が揺れた。
轟音。
森の奥。
巨大な木々が倒れていく。
士郎の目が細くなる。
来る。
次の瞬間。
咆哮。
空気が震えた。
森全体が揺れる。
普通の人間なら、その場で失神するほどの圧。
だが。
士郎は笑った。
ほんの少し。
獰猛に。
暗闇の奥。
二つの赤い眼が開く。
巨大。
圧倒的。
ゆっくり現れたのは、黒い巨獣だった。
全長十メートル以上。
岩のような皮膚。
四本脚。
巨大な牙。
その一歩だけで、大地が沈む。
士郎は見上げる。
「……デカいな」
巨獣が唸る。
その殺気だけで木々が軋む。
S級危険種。
名を――。
“黒雷ギルザード”。
国家災害指定魔獣。
そして今。
その赤い眼が、西園寺士郎を捉えた。




