第13話 黒狼討伐依頼
ブラッドベア討伐から二日。
ルーガスの街は、異様な空気に包まれていた。
酒場では人々が小声で囁く。
市場では、黒いコートの男の噂が飛び交う。
「A級危険種を四体……」
「しかも素手だぞ?」
「本当に人間か……?」
“黒狼”。
その異名は、もう街全体へ浸透していた。
だが。
噂が広がるほど、人々の目は変わっていく。
尊敬ではない。
恐怖。
理解できないものを見る目。
◇
冒険者ギルド。
士郎はいつものように肉を食っていた。
周囲の冒険者たちは、誰も近寄らない。
空席だらけ。
リゼが苦笑する。
「完全に避けられてるね……」
「そうか」
士郎は気にしていなかった。
前の世界でも同じだった。
強い者は孤立する。
それだけだ。
その時。
ギルドの扉が開く。
王国騎士団だった。
前回来た時より人数が多い。
空気が張り詰める。
レオンが眉をひそめた。
「またか」
先頭の騎士がダグラスへ近づく。
「ギルドマスター」
「今度はなんだ」
騎士は低く言った。
「王都から正式通達だ」
一枚の書状。
ダグラスが開き、顔をしかめる。
リゼが不安そうに聞く。
「な、何……?」
ダグラスは数秒黙っていた。
そして。
「……黒狼討伐依頼」
沈黙。
ギルド内の空気が凍る。
リゼの顔が青ざめた。
「え……?」
レオンの目が細くなる。
「王都の連中、正気か?」
騎士は苦い顔だった。
「最近の被害報告だ。盗賊団壊滅、A級危険種討伐、正体不明の魔族出現……」
その視線が士郎へ向く。
「王国上層部は、お前を危険視している」
士郎は肉を食い終え、静かに口を拭いた。
「そうか」
反応が薄い。
まるで他人事。
騎士が言う。
「抵抗するな。事情を聞くだけだ」
その瞬間。
レオンが吹き出した。
「無理だろ」
「何?」
「こいつ、縛れる相手じゃねぇ」
騎士たちが険しい顔になる。
空気が悪化していく。
リゼが慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
だが士郎は静かだった。
騎士たちを見る。
人数。
武装。
力量。
弱い。
そう判断した。
士郎は立ち上がる。
黒いコートが揺れる。
その瞬間。
騎士たちが反射的に武器へ手をかけた。
本能だった。
目の前の男は危険だと、身体が理解している。
士郎は低く聞く。
「俺を殺すのか」
騎士団長が答える。
「必要なら」
空気が凍った。
リゼの背筋を寒気が走る。
まずい。
士郎の目が変わった。
感情が消えていく時の目。
前の世界で何度も人を殺してきた目。
士郎は一歩前へ出る。
騎士たちが後退る。
ただ歩いただけ。
それなのに、圧が重い。
士郎は静かに言った。
「試してみるか」
殺気。
ギルド内の空気が軋む。
冒険者たちが息を呑む。
騎士たちの額から汗が流れる。
強い。
違う。
“生き物として格が違う”。
騎士団長が歯を食いしばる。
「構えろ!!」
騎士たちが一斉に剣を抜いた。
その瞬間。
士郎が消える。
「――ッ!?」
次の瞬間。
騎士団長の喉元へ、士郎の拳が止まっていた。
あと数センチ。
それだけで死ぬ。
騎士団長の顔が青ざめる。
誰も見えなかった。
レオンですら、ギリギリだった。
士郎は冷たく言う。
「弱いな」
騎士団長が震える。
動けない。
目の前にいるのは人間じゃない。
怪物。
士郎は拳を下ろす。
「興味が失せた」
その時だった。
ギルドの外から悲鳴が響いた。
「魔獣だぁぁぁ!!」
全員が振り向く。
街が騒然としている。
ダグラスが舌打ちした。
「今度はなんだ!」
冒険者が飛び込んでくる。
顔面蒼白。
「北門が破られた!!」
「何!?」
男は震える声で叫んだ。
「オーガだ!! しかも群れだ!!」
ギルドが騒然となる。
オーガ。
B級危険種。
普通の兵士では相手にならない怪物。
それが群れ。
街へ侵入した。
リゼが青ざめる。
「まずいよ……!」
だが。
士郎だけは静かだった。
むしろ。
少しだけ笑う。
「丁度いい」
騎士団長が振り向く。
士郎は黒いコートを翻した。
「討伐依頼だったな」
黒い瞳が細くなる。
「先に化け物を殺してくる」




