8話 ワシは暁の太陽と出会う
「ああ、そうでした! シド君、手は大丈夫なの!?」
レリアは血相を変えてワシの手をひったくり、傷がないか隅々まで調べ始めた。
触れる指先が小刻みに震えているのが伝わってくるが、火傷の跡などどこにもない。
無事だと分かると、彼女は安心したように深い息を吐いた。
「もう、あまり心配させないでくださいね」
「問題ないと言っただろう」
「……それで、鱗は。この源泉に埋めた、ということでいいんですよね」
「ああ。見ていろ、清らかなものが川に混じり始めている」
源泉の底へ沈めた鱗から白銀のような輝きを放つ魔力が溢れ出し、川の流れに溶け込んでいく。
あの欠片から漏れ出していた澱みは、言わば効果が切れる寸前の残り滓のようなものだったのかもしれないな。
この輝きが村まで届けば、魔物どもが近寄ってくることもなくなるはずだ。
「あの鱗が原因だったのですね。でも、どうしてあんなところに……」
「さてな。だが、あの鱗を掘り出した愚か者は、ただでは済まないだろうがな」
レリアはどこか納得のいかない様子で川を見つめていたが、やがてワシの方を向いた。
「どうした。何か不満でもあるのか?」
「……いえ。シド君に、助けられてばかりだと思いまして」
「ふん、ワシもレリアに助けられているからな。お互い様だろう」
「分かりました。そういうことにしておきますね」
村への帰り道、結局またレリアが前を歩くことになった。
追い越してやろうかとも考えたが、背後から小言を言われるのも面倒だ。
ワシは黙って彼女の後ろに続いた。
◇
村に戻った頃には、既に日は落ちていた。
灯りの乏しいこの世界では、夜は完全な暗闇だ。
村人たちは皆、家の中へと引き上げている。
「だいぶ暗くなったな」
「そうですね。あ、まだ村長さんが起きていますよ」
村長が家の前で誰かと話し込んでいた。
傍らには男が二人、見守るように立っている。
レリアが迷わず歩み寄り村長に声をかけた。
「村長さん、今帰りました。一応、もう魔物に襲われる心配はないと思います」
「おお、おかえりふたりとも。そうか、それは助かる。だが、この付近の魔物が増えている以上、いずれはまた危険なことになるかもしれん」
村長は神妙な顔で頷くと、傍らにいた熟練の傭兵風の男たちを指し示した。
その装備の手入れ具合や立ち姿から、いくつもの修羅場を潜ってきたのだろう。
「今話をしていたのだが、こちらは冒険者として名を馳せてる『暁の太陽』の方々だ。さすがに聞いたことはあるだろう」
レリアは当然のように頷いたが、ワシは知るはずもない。
無反応のまま彼らを観察する。
「暁の太陽の『剣』であるルードルさん。『盾』のジルガンさん、そして『賢者』のホルミさん……。Aランクでありながら、その実力はSランクに匹敵するとか。お噂はかねがね」
レリアの言葉に応じるように、一人の男が丁寧にお辞儀をした。
一目で手練れと分かる装備だな。腰に下げた剣からは強固な魔力の波動を感じる。
自信に満ちたその表情には、周囲を安心させるような余裕が漂っていた。
リーダーというだけあって隙が見当たらないな。それなりに腕は立ちそうだ。
「暁の太陽のリーダー、ルードルだ。話は村長から聞いているよ、レリアさん。こっちは仲間のジルガンとホルミだ」
「レリアで構いません」
「なら、こちらも”さん”付けはいらないよ」
続いて、大柄な男が前に出た。
重厚な鎧に身を包み、背には巨大な盾を背負っている。
鎧の隙間からのぞく筋肉の塊は、いかなる打撃も撥ね返しそうな頼もしさを感じさせたがその顔立ちは意外にも優しげだ。
守りの要だな。首から肩にかけての肉のつき方がいい。不意の一撃を食らっても致命傷は避けられるだろう。
「ルードルは相変わらず雑だな。俺が『盾』のジルガンだ。細かいことは抜きでよろしくな、レリア。……と、そっちのガキもな」
「ガキではない。シドだ」
「おう。怪我をしているわりに元気じゃねえか。じゃ、シドもよろしくな」
気さくな男だな。
外見が子供のワシに対しても、対等な挨拶を寄越してくる。
最後の一人は、ローブに身を包んだ魔法使いだった。
目を閉じたまま静かに佇んでいる。視線を逸らせば存在を見失いそうなほど気配が薄い。
狙われやすい魔法使いにとって、この気配の制御は強力な武器になる。
外見で底を測れんのがこの手合いだ。手の内を知らねば一瞬の油断が死に直結する。
ワシから見てもこの魔法使いは警戒すべき相手だ。
「最後に、私が『賢者』のホルミです。レリア、シド。おふたりとも、よろしくお願いします」
軽く会釈をするホルミ。
『賢者』などという大層な称号を二つ名にするだけはある。
少し注意深く観察しただけで、他の二人とは桁違いの魔力がその身に満ちているのが分かった。
なるほどな。三人ともかなりの手練れというのがよく分かった。
「私はレリア。見習いですが、神官をしています。この子は……」
紹介を続けようとした彼女を遮り、ワシは自ら名乗った。
「ワシはシドだ。今はただの剣士をしている」
ルードルが興味深げに頷き、ワシとレリアを見据えた。
「自己紹介はこのくらいにしよう。村長からは魔物の襲撃が増えたと聞いていたが、さっきのレリアの話だと、その件は解決したのかな?」
「そうですね。山の源泉の流れが滞っていたようで。シド君が頑張って直してくれました」
どうやら鱗のことは伏せて話すつもりのようだ。
妥当な判断だろう。
聖水の成分が公になれば別の神官や欲の深い連中に管理権を奪われ、また村が窮地に立たされることになりかねないからな。
「シドが頑張ってくれたんだね。遅くなったが、よろしく」
ルードルが右手を差し出してきた。
無視して通り過ぎようとしたが、レリアに強引に手を掴まれて無理やり握手させられた。
……まったく勝手な女だ。
ルードルは苦笑い一つでそれを受け流すと話を続けた。
「若い頃は俺もあちこちに噛み付いていたからね、何だか懐かしい気分になるよ。……さて、本題に入ろう。俺たちがこの村へ来たのは、他でもない赤い巨鬼の変異種を討伐するためだ」




