6話 レリアの話を聞く
「しかし、魔物を完全に追い払ってもらったことには感謝する。レリア、それに……シド。ふたりとも、ありがとう」
「そんな、お礼を言われるほどではありませんよ。ただ、このあたりも魔物が少し多くなっているようなので、今後のことを考えていただけると……」
「分かっている……と何度も言ってはいるが、本当に考えねばならない時が来たのかもしれないな。何もない村だが、ゆっくりしていくといい」
それだけ言い残し、村長は家の中へと戻っていった。
去りゆく後ろ姿はどこか寂しげでありながらも、何か重い決意を固めたようにも見えた。
◇
それから数日、魔物の襲撃もなく穏やかな日々が続いた。
ワシは傷を癒やしながら村人の農作業を手伝ったり、自己鍛錬に励んだりして過ごしていた。……あぁ、それとバルというガキに剣を教える羽目にもなった。
思い出すのも億劫だが、事の発端は村長に見せたあの巨鬼の素材のせいだ。
村長と素材の確認をしていた時に、遠巻きに見ていたバルが獲物のデカさと素材の禍々しさに「すっげえ……!」と目を輝かせていた。どうやらあのガキ、ワシが本物の化け物を仕留めたことをようやく理解したらしい。
翌日、ワシが森の広場で適当な枝を振り回し、全盛期の感覚を取り戻そうと鍛錬していた時のことだ。
茂みがガサリと揺れたかと思うと、中からバルが飛び出してきた。
「し、師匠ぉぉぉーっ!!」
いきなり叫んだかと思うと、ガキはワシの目の前でこれ以上ないほど見事な土下座を決めた。
「頼む! オレに、オレにその神殺しの剣を教えてくれ! 昨日見た素材、アレはマジでスゴかった! オレ、もっと強くなって村を守りてえんだ!」
「誰が師匠だ。ワシはただの運動をしているだけだ。それに、貴様に教える義理はない」
ワシは真面目に、冷静に断った。
そもそも、神を倒したワシの剣技を教えるなど、この時代のガキには荷が重すぎる。だが、バルは額を地面に擦り付けたまま動こうとしない。
「嫌だ! 教えてくれるまでここを動かねえぞ! 師匠! 師匠ーッ!!」
「……チッ。やかましいガキだ。おい、その師匠というのをやめろ」
あまりに必死……というより、情けない声を上げて縋り付いてくる姿に、ワシは溜息をついた。
結局、あまりの騒がしさに根負けして基本の構えだけを教えることにしたのだが。
傍から見れば、小さな子供がさらにデカい子供に「腰が高い!」などと偉そうに説教し、教わっている側も「はい、師匠!」と鼻水を垂らしながら必死に枝を振っている。
だが、バルの筋は悪くない。
もともと鍛えているのか体幹はしっかりしているし、腕のブレも少ない。
思ったより見込みはあるかもしれんな。
「一度しか見せん。よく見ておけ」
ワシは足元に落ちていた枝を拾い上げ、傍らの木を軽く蹴り飛ばした。
不規則に舞い落ちる木の葉。その一枚一枚を見据え、気を込めて一閃する。
その瞬間、全ての葉が綺麗に二つに分かれて宙に舞うと同時に、手元で枝が負荷に耐えきれず粉々に弾け飛んだ。
「すっげえ! さすが師匠だ!」
「……次はお前の番だ。やってみろ」
再び木を揺らし、葉を降らせる。
バルが勢いよく枝を振るうが、葉を掠りもせずに空を切るだけだ。
何度も何度も振るが、不規則な動きに翻弄され、ただ空しく地面に落ちていく。
「振ることに執着するな。一振りに意識を集中しろ。さっき見た動きを思い出せ……村を守るという言葉、嘘ではないのだろう?」
ワシの言葉に、バルの目が変わった。
集中が高まり静止したかに見えたバルの枝が、一枚の葉を捉える。
ピシッ、と鋭い音が響き、葉が弾かれた。
「当たった! 当たったよ、師匠!」
「……もう一度やってみろ」
ワシがまた葉を落としてやったが、その後は何度振っても当たることはなかった。
だが、あの瞬間の集中は紛れもなく葉を捕らえていた。
落ちた葉を確認すると、枝で叩いたにしては妙に鋭い切り口が刻まれている。
「お前は集中力にムラがありすぎる。だが、鍛錬を積めばモノにはなるだろう。まずは真っ直ぐに枝を振り、確実に葉を射抜けるようになれ」
「はい、師匠!」
鼻息荒く枝を振るい続けるバル。
その様子を見ていたレリアに「微笑ましいですね」と笑われてしまった。
ワシは至って大真面目だったのだが。
◇
レリアはレリアで村人の様子を見たり、村長と何やら話し込んだりしているようだった。
その間、ワシは定期的にレリアから回復をかけてもらっている。
本来であれば完治していてもおかしくないはずなのだが、思いのほか傷の治りが遅い……やはりこの体のせいだろうと納得するしかなかった。
小屋にレリアがやってきて、ワシは先日の村長の様子について尋ねてみた。
「村長との話は何だったんだ」
「魔物が多くなってきたという話です。そう……ですね。お話する前に、まずは傷を治しておきましょう」
ワシがベッドに腰掛けると、動かした腕に微かな痛みを感じた。
レリアが隣に座り、何も言わずに柔らかな光を纏った手をかざしてくる。
「いいですか、シド君。無茶はダメですよ。この腕だって、私が回復をかけているから、この程度で済んでいるのですから」
温かな魔力が傷を塞ぎ、折れた骨の隙間まで癒着させていく感覚がはっきりと伝わってくる。
だが、妙な話だ。
かつてワシが受けた回復魔法の中に、これほど鮮明に「治っている」と実感できるものはほとんどなかった。
時代の進化なのか、それともレリアという女自身の資質なのか。
「ふぅ……。回復は結構魔力を使います。だから少しずつしか回復してあげられませんが、もうだいぶ良くなったはずですよ」
「確かに左腕はかなり良くなっている。……すまないな」
「そこは、『ありがとう』ですよ?」
まっすぐに見つめられると、妙に気恥ずかしくなりワシは口を噤んだ。
だが、レリアは期待に満ちた視線を外さずに、ワシが言葉を発するのを待ち続けている。
その無言の圧力に耐えかねて、ワシは諦めたように吐き出した。
「わ、分かった。あ……」
「あ、なんですか?」
分かっていて聞き返してくるあたり、やはり少し鬱陶しい女だ。
だが、観念するしかない。
「……ありがとう。これでいいか」
「はい、よく言えました。偉いです!」
今度は頭を撫でてきそうだったので、素早く手で阻止した。
「それで、村長の話はどうなった」
「あ、そうでしたね。どこからお話ししましょうか。……私がこの村に来ている理由も含めて、少し昔の話をしますね」
レリアは懐かしむような表情を浮かべると、静かに口を開いた。
◇
それは、妹のアリアとサンブロスの町に向かっていた時のことだったという。
道中で魔物に襲われて命からがら逃げ延びた先が、このロザリア村だった。
当時の村は今よりもずっと平和で、魔物の影など微塵もなかったそうだ。
怪我を負っていた姉妹は、村長から空き家を借りて滞在することになった。
薬草での治療を続けたが、二人して高熱にうなされ一時は回復の兆しが見えないほど悪化した。
だが、レリアは翌日には嘘のように熱が下がった。
そして、苦しむアリアに村の川の水を汲んで飲ませたところ、彼女の熱も昼前には引いたという。
あまりの効能に疑問を抱いたレリアが村長に尋ねると、彼はこう答えたそうだ。
「村の救世主であるロザリア様が、山から流れる川を引いてくれた。そのおかげで魔物もほとんど来なくなり、この水が我らを助けてくれている。だから、この村には恩人の名を付けたのだ」
レリアはその話を聞き、川の水に救われた恩義を感じて今も村の様子を見回っているのだという。
「……なるほど。それで恩義を感じ、村の様子を見て回っているのか」
「そうです。でも、村が襲われるようになったのはここ最近のこと。戦える自警団もないこの村が、頻繁に襲われてしまうようになれば、いずれこの村からは……」
レリアが苦しそうに告げる事実は理解できる。だが、ワシが気になるのは別の点だ。
長年平和を守ってきた力が、なぜ急に衰えたのか。
「なら、その川をとりあえず見る必要がありそうだな」
「川は調べてみましたが、特に何もありませんでしたよ」
俯くレリアに、ワシは少しばかり活を入れるように言った。
「任せておけ。ワシが見逃したものを見つけてやる」
村の外へ出て、流れる川を確認する。
川筋を辿っていくと、確かに山の方から流れてきているようだ。
濁り一つない、透明で美しい水。
「この通り、ごく普通の川の水なのですが……」
真剣な眼差しで川を覗き込むレリアが、力なく首を振る。
見た目だけでは分からんか。
ワシは川の水を手の平ですくい、口に含むと、目を閉じて意識を集中させた。
舌の上を転がる水。濁りはないが、その奥に潜む微かな『特性』をワシの感覚が捉えた。
それは、過去の戦場において幾度となく口にした、馴染み深い魔力の残滓だった。
「これは……ごく微量だが、『聖水』の成分が含まれているな」
「聖水ですか……!? でも、聖水が湧き出る場所には普通は神殿が建てられます。あらゆる魔を避け、滅するという退魔の効果がある貴重なものですが……」
レリアは戸惑っているようだったが、ワシの目を見て嘘ではないと確信したようだ。
「間違いない。この聖水の加護があったからこそ、村は長年魔物から守られてきたのだ」
「……確かに、そう考えると辻褄が合います。でも、だとしたら今はどうして……」
ワシは大きく頷くと、川の源流である山の頂上あたりを指し示した。
「原因はあそこにある。湧き出ているところまで行ってみるか」
「……そう、ですね。行きましょう」
以降は10話までは1日2話ずつで、11話以降は1日1話7:00になります。




