5話 素材を回収する
「ええっ!? どういうことですか? わ、私は何もしていませんよ?」
「クックック。さすがは神官。あの程度の雑魚なら、集団であろうと問題にもならなかったな」
レリアは納得のいかない顔をしていたが、思い出したようにワシを見ると突然頬を膨らませて怒り出した。
「そうでした、シド君! いきなり投げ飛ばすなんて酷いです! 私、死んだかと思いましたよ!」
「悪かったな。邪魔だったからどいてもらった」
実際のところ、あのまま居座られては『気』をぶつけるときに巻き込んでいた。
親切心から放り投げたのだが、どうにもレリアには伝わらないらしい。
ワシは肩をすくめて、耳を塞ぎたくなるような高い声をやり過ごした。
「邪魔って、どうして邪魔なのですか! 酷いです。罰として巨鬼の解体を手伝ってくださいね。分かりましたか?」
「……仕方ないな」
レリアに指示されながら、ワシは巨鬼の素材を回収していく。作業中に延々と文句を並べ立てる彼女を見て、せめて一言断ってから投げるべきだったと少々後悔した。
巨鬼の死骸は、近くで見るとさらに凄まじい肉の山だった。
手渡された小さなナイフを使い、硬い皮膚の隙間に刃を入れていく。
全盛期の筋力があれば、素手で引き剥がすことも容易かっただろう。だが今は、この小さな道具を器用に使いこなすしかない。
地味で面倒な作業だが、指先の感覚を呼び戻すにはちょうどいい訓練になった。
驚いたのは、レリアが持っていた不思議な道具袋だ。見た目以上の容量があるらしく、解体された巨体の欠片が面白いように吸い込まれていく。
彼女が袋の紐を解くと、中からかすかな魔力の波動を感じた。切り分けた巨鬼の重い肉塊が、吸い込まれるように消えていく。
袋そのものの重さは、中身が増えてもまったく変わらないようだ。
どうやら、袋の口を広げればある程度大きな物でも入る。つまり、解体すればどれほど巨大な魔物でも収まるようだな。だが、さすがに巨鬼はそのままの状態では入らなかった。
ワシはその魔法の袋の仕組みを、興味深く観察していた。
かつての帝国にも、時空を歪めて物を収納する魔道具は存在した。
だがそれは、一国を傾けるほどの予算を投じて作る最高級の遺物だったはずだ。
それを、一介の神官が当然のように持ち歩いている。それだけでも、この数千年の間に魔法技術がどう変化したのかがよく分かった。
技術の進歩というものは、実に興味深い。
「思ったより時間がかかりましたね。この巨鬼、聞いた話よりもずっと大きく感じます」
「ワシも、これほどの巨体を実際に目にしたのは初めてだ」
赤黒い皮膚を剥ぎ取りながら、その筋肉の密度に感嘆する。
通常の魔物とは、明らかに生命力の格が違っていた。
「とにかく、素材を売ったお金は後でちゃんと受け取ってください。どれだけ私が怖い思いをしたか分かりますか? 全く……」
「わ、分かった! だからその小言はもうやめてくれ」
渋々ながら、ワシは金を受け取ることを了承した。
金を受け取るということは、精算が終わるまでレリアと行動を共にするということになる。とはいえ、当面の目的は特にない。帝国へは「とりあえず行ってみるか」程度だ。急ぐ旅でもない。
数千年の時を超えた、見知らぬ世界に一人で放り出されたのだ。右も左も分からないまま歩き回るよりは、このお節介な女の側にいた方が都合がいい。
何より、これほど賑やかな話し相手がいれば、退屈も当分避けられるだろう。
しばらくはこの賑やかな神官に付き合うのも悪くないかと、勝手に納得することにした。
◇
村に戻ると、畑仕事の手を止めて休憩していた村長に声をかける。
村長はクワを片手に、不安そうな顔で遠くの森を眺めていたがワシらの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。その額から流れる汗は、労働によるものだとすぐ分かった。
「戻ったぞ。巨鬼はワシが片付けてきた。豚鬼どもも尻尾を巻いて逃げ去った」
「そ、それは本当か!? ……ということは、レリアがやってくれたのだな?」
「だから、ワシが倒したと言っているだろう」
村長は疑わしげな眼差しをレリアへ向けた。
それは当然だろう。怪我で包帯を付けたままの小さな子供が、村を滅ぼす怪物を倒したなどと言っても誰も信じない。村長はワシの言葉を子供の戯言だと決めつけ、完全に無視していた。
彼女は困ったように、だが事実を伝えるべく口を開く。
「シド君の言う通りです。巨鬼は倒しました。ここに解体した素材もあります」
素材の一部を見せると、村長は驚愕に目を見開いた。
「おお! この赤い皮膚は……間違いない、巨鬼だ。例の手配書に書かれていた、最近現れたという新種だな」
「その手配書、誰からもらったのですか?」
「冒険者だよ。ほら、これだ」
手配書には、「巨大、赤肌、怪力」、そして「変異種」である可能性が記されていた。
村長が懐から取り出した羊皮紙には、粗末な絵とともに詳細な特徴が書かれていた。
文字の横にギルドの公式な印章らしきものが押されている。
こいつ名前だけは知識としてあった。
実物に出会うのは初めてで分からなかったが、やはり通常の巨鬼ではなかったのか。
これほど巨大で赤い皮膚のものはワシも見たことがなかった。
「普通の個体でも村が一つ全滅しかねんというのに、よりによって変異種だったとは……恐ろしいことだ」
「変異種……ごく稀に現れる強固な個体ですね。手配書が出るほどの強敵がどうしてこんな場所に。それに、あんな状態で転がっていたなんて……」
村長の怯えるような声に答えながらも、レリアの視線はワシに向けられていた。
彼女の細い眉が、不自然なほど深く寄せられている。
森の奥で目撃した、骨だけが粉々に砕け散った巨鬼の最期。
あの異常な戦闘の痕跡を思い返し、必死に目の前の子供と結びつけようとしている。
片腕を負傷した子供であるはずのワシが、どうやってあの怪物をあそこまで無残な姿に変えたのか。
もしかしたら、その手配書を持って来た冒険者が倒したとか考えていそうなのは見ていて分かる。
彼女の疑念は尽きぬようだが、どう思ったとしても倒したのはワシだ。
「だから言っているだろう。ワシが倒したのだと。そんな目をして見たところで事実は変わらんぞ」
「ええ、分かっています。別に疑ってはいませんが……」
レリアは言葉を濁し、ワシの小さな黒剣を見つめた。ただの金属製の鞘に収まった、傷だらけのなまくらだ。
それ一本で、あの変異種を両断した事実が彼女の常識と噛み合わないらしい。
これ以上詮索されても面倒なので、ワシは早々に話を打ち切ることにした。
「だがまあ、豚鬼どもを追い払ったのはレリアだ。さすがは神官様だな」
ワシはレリアに向けて親指を立ててみせる。
村長はそれを聞いて、やっぱりそうかと何度も深く頷いた。
神官の奇跡によって悪しき魔物を討伐したのだと勝手に得心したのだろう。
手柄を押し付けられた彼女の何とも言えない複雑な表情を見て、ワシは愉快に笑った。




