4話 ワシは巨鬼と戦う
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ワシはレリアを圏外へ逃がすべく、黒剣の腹を彼女の腹部に当て躊躇なく放り出した。
直後に空が翳り、巨大な質量が視界を埋め尽くす。
超高速で飛来する物体は、研ぎ澄まされたワシの眼には止まっているも同然の緩慢さで映った。
一閃、空気を断つ黒の軌跡。
それだけで、巨大な飛来物は呆気なく両断されて左右へと転がった。
「ふむ、ワシが小さいのではないな。やはり、こいつが不相応に大きいのか」
見上げれば、そこには巨体の魔物がそびえ立っていた。
錆びた鉄のような赤黒い皮膚に濁った赤眼。鼻孔からは汚濁した熱気が漏れ出し、鋼の如き筋肉が詰まった脚が地を鳴らすたび、大気が震える。
巨鬼。その呼び名に相応しい、暴力の化身だ。
「おい、この棍棒を投げたのは貴様か」
「グオォォ!!」
「ワシでなければ、今頃は肉塊だっただろう。何が目的だ?」
「グオオォォォォ!!」
問いかけるたびに野太い威嚇が返るが、奴はそこから一歩も踏み出せずにいた。
正確には、本能が前進を拒絶しているのだ。
ワシから無意識に漏れ出す得体の知れない『威圧』に当てられ、その強靭な膝が震えていることに奴自身も気づいていない。
「……豚の子分まで引き連れて、何をしに来た」
蟻の如く這い出てきたのは、豚鬼の群れだ。
不快な犬歯を剥き出しにした醜悪な小男どもが、包囲網を築こうと動く。
だが、奴らもまた巨鬼と同様、ワシの視界に入った瞬間に硬直した。
「話をするには、お前の背は高すぎる」
その言葉をどう解釈したか巨鬼が咆哮を上げて、ワシを圧殺しようと腕を振りかぶる。
その瞬間、パキンと凍った湖面が割れるような乾いた音が響いた。
「グオ!?」
巨鬼の膝が折れ、巨体が震えながら地面に沈む。
支えようと突いた手の平が土を抉るが、もはやその巨体を支える力はない。
「いや、まだ高いな」
再びパキンと今度は両腕の骨が弾ける音が響く。
為す術もなく顔面から地面に突っ伏した巨鬼の眼前に、ワシは黒剣を下げて立った。
「ようやく目線が合ったな。さあ、目的を吐け」
立ち上がることさえ叶わぬ巨鬼。
本来、こやつの再生力なら瞬時に完治するはずだが、唯一の例外がある。
……それは骨だ。鋼の筋肉に守られ、本来なら折れるはずのない支柱をワシは肉を斬らずに骨だけを粉砕した。
目の前の子供に『分からされた』ことを理解したのか、絶望に満ちた絶叫が辺りに響き渡る。
「話す気がないなら構わん。この先にあるのは村だ。貴様らの目的くらい容易に想像がつく」
無造作に黒剣を額へ突き立てると、そのまま一気に振り上げて引き抜いた。
すると山のような巨体は一筋の赤線を残して左右に割れ、物言わぬ肉塊となった。
「一応、今は村の世話になっているからな」
本当は四肢を斬り飛ばすつもりだったが、骨を折るだけに留まった。
この身体では全盛期の力には程遠いということか。
これほどまでに弱体化をしている事実に、いずれ戦うであろう強敵を想うと心置きなく刃を交えることができぬのではないか……そんな不安が胸をよぎる。
しかし、全力が出せないのであれば、それはそれで逆にハンデだと思えばよいかと勝手に納得した。
「おーい、シド君!大丈夫でしたかー! ……って、えええ!?」
戻ってきたレリアが絶句して立ち尽くす。
左右に割れた巨鬼の死骸と、それを取り囲む豚鬼の群れ。
その中心に平然と立つ子供。あまりに異常な光景だ。
「これは……巨鬼を、シド君が?」
「そうだ。少々騒がしかったのでな」
「この豚鬼の群れは……まさか」
「村を襲うつもりだったのだろう」
レリアの瞳に、神官としての厳しい光が宿る。
「と、とにかく、豚鬼単体は弱くても、この数は危険です! ここは私に任せて下がってください!」
メイスを構えて庇うように前に出るレリア。
その背中を見るとワシが保護される側に回ることの不満を感じつつ、問いを投げた。
「村人が追い返したのは数匹だったな? 逃げた後に、これだけの仲間を引き連れて戻ってきたというわけか」
「はい。魔物といえど仲間意識はあります。……人間と同じように」
なるほど、とワシは思考する。
あの村を滅ぼすだけなら豚鬼だけで十分だ。
わざわざ巨鬼まで連れてきたという事は、それだけ人間に対して臆病になっているのだろう。
……このまま全滅させても良いが、少々数が多いか。
「ここは私に任せて、シド君は早く村へ!」
必死に牽制を続けるレリア。このままでは彼女が疲弊して、数の暴力に飲み込まれるだろう。
ワシはひとつ小さく溜息をつく。
これまでは足止めのために威圧を放つに留めていたが、明確な『殺意』へと変質させて解放した。
大気が凍りつき、重力が増したかのような重圧が豚鬼たちを襲う。
先程までの戸惑いは、本能からくる明確な死の恐怖へと塗り替わる。
豚鬼たちは悲鳴を上げ、ただ迫りくる死から逃れるために何度も転びながら無様に森の奥へと退散していった。




