3話 ワシはレリアを投げ飛ばす
小屋に戻り、ワシは自分の黒剣を回収した。
だが、それを携えて外へ出ようとすると、案の定レリアが立ち塞がった。
「身体を動かすって、シド君? あなたは重症だと言ったはずですよ」
「……何の問題がある」
「魔物を倒しに行くつもりですよね。危険すぎます。ただの子供が魔物退治に憧れるのは……」
「ただの運動だ。貴様が気にすることじゃない」
レリアは頬を膨らませると、ワシに指を突きつけて抗議してきた。
「シド君、『貴様』はダメって私、さっき言いましたよね! 罰として私も付いていきますから。どうせ場所だって分からないでしょう?」
「場所は知らんが、村の誰かに聞けば済む話だ。……だが」
ワシは一旦言葉を切ると、近くの木を見上げた。
そこには、こちらの様子を伺っているヤンチャそうなガキの姿があった。
「そこの木に登っているクソガキ。いつまで盗み聞きをしているつもりだ?」
「お、お前だって俺とそんなに変わらねーだろうがよ! それに、何でここにいるのがバレたんだよ! ……まあいいや。このオレを倒したら、魔物の居場所を教えてやってもいいぜ!」
威勢のいい声を上げてガキが木から飛び降りてくる。
着地の動作は思ったより身軽だが、ワシから見ればそれだけだ。
顔付きはいかにも悪ガキといった風体だが、頭に巻いた包帯や全身の擦り傷を見るに多少の修羅場には慣れているらしい。
村のガキ大将といったところか。
「オレが村で一番の強い、バルだ! ドラゴンだって倒したんだぞ、どうだすげーだろ!」
「はっ、ワシは神を倒したからな、話にならん」
ワシが鼻で笑ってやると、バルとかいうガキは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「嘘つけ! 神様に勝てるわけないだろ! このホラ吹きめ、ドラゴンを倒したオレ様の方が百倍すげーんだ!」
「……ふん。ただのトカゲを相手にした戯言だろう」
それよりも予想外に引かぬ全身の鈍痛と鉛のような身体の重さ気になる。
回復の遅さを訝しみながらワシは腰の黒剣には手をかけず、ただ一歩無造作に踏み出した。
「な、なんだよ、やる気か! お前、怪我してるからって手加減とかされると思うなよ!」
バルが気合とともに飛びかかってこようとしたが、その動きを止めた。
ワシはほんの一瞬だけ戦場を支配していた頃の『威圧』をほんの少しだけ解放し、バルに向けた。
「どうした? 動きが止まってるぞ」
触れてすらいなかった。
だが、山のような重圧を目の前にしたバルは「ひっ」と短い悲鳴を上げて、そのまま後ろにひっくり返った。
あまりに綺麗な尻餅のつき方に、後ろで見守っていたレリアが「ぷっ」と噴き出す。
レリアの場所からだと、ワシが強く押したようにでも見えたのだろう。
「シド君、やりすぎです。バル君、カエルが潰れたみたいな声出しましたよ?」
「むぐぐ……今の、今のは無しだ! 足が滑っただけだ!」
バルは涙目で立ち上がると、今度は大振りのパンチを繰り出してくる。
ワシは最小限の動きでそれをかわすと、バルの背後へ回り込み首根っこをひょいと掴み上げた。
「な、何すんだよ! 放せ、この神殺し!」
「さて、無駄な時間は終わりだ。魔物の居場所を教えろ」
ワシが少しだけ声を低くして凄むと、バルは「ひえっ」と身を縮こまらせた。
「わ、分かった。分かったよ! ほら、あっちの獣道を進んだ先の広場だよ! そこに魔物が沢山居座ってたんだよ!」
「そこに広場があるのか。よし」
ワシが手を放すと、バルは地面に着地するなり脱兎のごとく逃げ出した。
少し離れたところで、「覚えてろよー! お前なんか魔物のエサになっちゃえ!」と負け惜しみを叫んでいる。
「やっと場所が分かったな」
「まあ、その場所なら私でも分かりますけど……ねえシド君。自分では格好良く決めたつもりでしょうけど、端から見るとただの子供の喧嘩にしか見えませんでしたよ?」
レリアの呆れたような視線を受けワシは釈然としない思いを抱えながらも、バルが指差した獣道へと向かう。
◇
村の外に出ると、草木が鬱そうと茂る森の中へと足を踏み入れた。
薄暗い木立の間にわずかに地面が踏み固められただけの細い道が続いている。
案内役を買って出たレリアが前を行き、ワシがその後ろを追う。木々の葉に光を遮られて辺りは薄暗い。
だが、少し進んだ先で木漏れ日が差してきて辛うじて道が見えてきた。
「納得いかん。なぜレリアがワシの前を歩く」
「シド君は自分の身体のことを、これっぽっちも心配できないからです」
「大丈夫だと言っているだろう。ワシのことはワシが一番よく分かっている」
「私が傷の手当てをしたこと、忘れていますよね?」
まったく小うるさい女だ。
ワシは彼女を無視して一歩前に出ると、そのまま先頭を歩き始めた。
背後でレリアが溜息をつき、諦めたように付いてくる気配がする。
彼女の視線がワシの背負っている黒い剣に注がれているのが分かった。
世間一般では黒剣といえば鍛冶の失敗作。
いつ壊れてもいい練習用の剣、あるいは使い捨ての粗悪品として廃棄されるものだ。
鞘から抜くことすらできぬこの剣を見れば、欠陥品だと思うのも無理はない。
レリアが遠慮がちに尋ねてきた。
「シド君は、どうしてその黒剣を使っているのですか?」
「はっ! どうせ粗悪な剣だと思っているのだろう。この剣の切れ味は知らん。だが、決して粗悪ではないぞ。なにせ、ワシがどんなに力を込めて叩こうが壊れないのだからな」
ワシは剣を手に取ると片手で軽く振ってみせた。
「真っ黒で分かりにくいですけど、それ……鞘に収まったままですよね」
「武器は壊れないのが一番強い。手に馴染む前に壊れる武器は、もううんざりだからな」
そういうとワシは手にした黒剣を鞘から抜こうとする。
だが、当然のように抜けなかった。それを見せてからレリアに黒剣を渡した。
「ふぐーっ! た、確かに抜けないみたいですね」
結構な力を込めて抜こうとしたり、色々な角度から見たり回したりしても抜けないようだ。
「変な仕掛けも無さそうです」
一通り確認してみて何もなかったのか残念そうに諦めたようだ。
「何を残念がってる。こんなただの黒剣に仕掛けなんかあるか」
ワシの返事を聞いて、レリアはどこか安心したような顔をした。
どこにでもいる普通の子供みたいだとでも思ったのだろう。
鞘から抜けない剣なら、危ないことはできないと踏んだに違いない。
この黒剣であれば誰を傷つけることもないと。
……確かにそうだが、それはワシの『力』を知らぬ者の理屈だ。
「……少し待て。何かが近くにいる」
ワシの言葉に、レリアの思考が止まる。 辺りは静まり返っている。
静かすぎて、不自然なほどに。
「私は何も感じませんが、本当に何かいるのですか?」
レリアが言い終わるのと同時だった。気配が急速に膨れ上がる。
ワシは彼女のお腹に黒剣の側面を当てると、一気に力を込めて振り抜いた。
「いやぁぁぁぁぁ~~~~! シ~~ド~~く~~ん!」
宙に浮いて後ろへと飛ばされていくレリアがワシを恨みがましく見つめていた。
「すまんな、言葉で説明している時間はなかった」と心の中で謝罪する。
彼女が遠ざかるのと同時に、背後で巨大な影と爆音が轟く。
レリアは途中の木に上手く引っかかったようだ。
「もう! シド君は戻ったらお説教ですからねー!」
遠くから聞こえるレリアの恨みがましい怒声を聞き流し、ワシは目の前の影へと向き直った。




