2話 ワシは悪魔と呼ばれていたらしい
「そうだ! ワシは神を倒した。この手で勝利を掴み取ったのだ!」
目の前の女――レリアは、慈母のような笑みを浮かべて相槌を打ってくる。
その穏やかな微笑みは一見するとワシの話に興味を示しているようだが、中身が伴っていないのは明白だった。
「シド君は凄いですね。神様に勝ったのですね。そうそう、この村にいるシド君と同じくらいの子は、ドラゴンを倒したって言ってましたよ。そういう元気な男の子は、嫌いじゃないですよ」
「……そんなガキの戯言とワシの話を一緒にするな!」
「まあまあ、そんなに怒らないでください。私は信じていますから、ね?」
心外だ。その辺にいるクソガキと同類にされてしまった。
だが、この縮んだ小さな身体では、言葉だけで信じろというのも無理な話か。
ワシは溜息をついて諦めることにした。
分かってはいる。
だが、やんちゃな小僧を見るようなその生暖かい視線だけは、どうしても腹に据えかねる。
ワシは喉元まで出かかった苛立ちを飲み込み、情報の収集に切り替えた。
「まあいい。それより、さっき言ったドラニア帝国のことは思い出せたのか?」
「あっ、そうでした。旧体制は『帝国の暴君』がいなくなったことによる内部統制の崩壊が原因、という記録だったと思います。その後に新国家としてルハーラ帝国が建国されたそうです」
「そうか、崩壊していたか……。それにしても『帝国の暴君』? そんな者がいたのか?」
「疲れ知らずの体力と、凄まじい回復力。その恐ろしさから、帝国の暴君、巨鬼と呼ばれていたみたいですよ。それはもう、本当に酷かったみたいですね」
愕然とした。知らなくていい事実というものが、世の中には存在する。
ワシが築いた栄光はどこへ行った。
あまりの衝撃に膝をつきそうになったが、次第にふつふつと熱い怒りが込み上げてきた。
「このワシが英雄ではなく、帝国の暴君巨鬼だと? ふざけるなよ!」
「シド君に向けての言葉じゃありませんから、そんなに怒らないでくださいね」
歯軋りが止まらん。
ワシは居ても立ってもいられず、ベッドを降りて部屋を出ようとした。
それを見て、レリアが慌てて割って入る。
「待ってください、シド君! 歩けたとしても、あなたは重症なんです。絶対安静が必要な状態で、外に出すわけにはいきません!」
制止を振り切ってワシは部屋の外へと踏み出した。
眩い光に目を細め、周囲を見渡す。
どうやらここは小さな村のようだ。木の柵で囲っただけの、簡素で脆い造り。
視界に入る子供たちは大人に混じり、菜園の水やりや耕作を手伝っている。
空を覆う雲のせいで、お世辞にも快晴とは言えない。
だが、そのおかげで火照った身体には丁度よい気温だった。
「どうした貴様ら、そんな辛気臭い顔をして! まっ……むぐっ!?」
言葉の途中で後ろからレリアに口を塞がれた。
「しーっ! こらシド君、ダメですよ。村のみんなに向かって『貴様ら』だなんて」
耳元でひそひそと窘められる。
やむを得ん、ワシも声を潜めて返してやった。
「……では、何と言えばいい」
「『みんな』とか『みなさん』でいいでしょう?」
「何だそれは、面倒な。……お前ら、でいいだろう」
「もう! 分かりました、百歩譲って『お前ら』で手を打ちましょう。あと、自分のことは『ボク』か『オレ』にしてください。変な目で見られてしまいますよ」
「別に『ワシ』でも構わんだろう」
「ねえ、シド君。少しは恩人の話を聞いてくれてもよくないですか? 私は、命・の・恩・人ですよ!」
必死に説得してくる様子が妙に可笑しく、命の恩人という言葉すら心地よい響きに聞こえてくる。
そんなレリアに対してワシはつい苦笑をしてしまう。
こうして言い合っている間に、数人の村人が集まってきた。
レリアは不審がる彼らを誤魔化すように、ワシの状況を説明し始める。
「……という訳なんです。このシド君は重症で。少し頭を打ったせいで、たまに変なことを言うかもしれませんが、気にしないでくださいね!」
集まった面々の中から、年長者らしき男が咳払いをした。その佇まいで、村長だと見当がつく。
「この子が、死にかけていたという子かね?」
「はい、おかげさまで峠は越えました。本来なら、歩いて話すことすらできないはずの重症なのですが……」
村長が、見下ろすように疑わしい視線を送ってくる。
ふん、勝手に見るがいい。
ワシは意にも介さず、正面から見返してやった。
「怪我をしているようだが、随分と元気そうに見えるな」
「ふん。ワシからすれば、この程度の傷は……むぐっ」
またしてもレリアに口を封じられた。
「……痛みを我慢してしまう子もいるのです。どうか、大目に見てあげてください」
「名は?」
ワシはレリアの手を退けて名乗った。
「シドだ。ここに長居するつもりはない。傷が癒えるまで、少しの間厄介になる」
村長は探るようにワシの全身を眺めていたが、やがて何かに納得したのか頷いた。
「はぁ……まあいいだろう。シドよ、この村はな魔物に作物を荒らされたばかりで食料が心許ない。何とか追い返しはしたが皆も怪我と疲労で、お前さんの世話まで手が回らんのだ。すまないな」
大人が、村の長とも言える男が、ただの子供であるはずのワシに頭を下げた。
よく見れば、周囲の大人たちの袖口には包帯が巻かれ、その表情には濃い疲労の色が滲んでいる。
家の窓からは、子供たちが怯えたようにこちらを覗いていた。
なるほど、そういうことか。ワシは黙って頷いた。
「レリア、ワシの剣はどこだ」
「シド君が持っていた剣なら小屋にありますよ。……どうするつもりです?」
「はっ、決まっている。少しなまった身体を、動かしに行くだけだ」




