1話 ワシは重症だった
◇
目を覚ますと全身に引き裂かれるような衝撃が走った。
見れば身体中の至るところに包帯が巻かれ、左腕は折れているのか副木で固定されている。
「ぐっ!?」
身を起こすと、時折おとずれる刺すような痛みにワシは顔をしかめた。
「しかし……ここはどこだ。何故ここにいる」
思い出そうとしても激痛も相まって記憶が曖昧なままだった。
何か引っかかるが、とりあえずこの痛みをどうにかしなくては。
原因は、内外の傷によるものだということは把握できる。
だが細かい状態までは分からない……治すには時間が必要だ。
痛みが強い箇所へワシは気を集中させようとするが……。
「こんな傷の治癒くらい何てことは……うがぁっ!!」
あまりの痛みに集中が途切れてしまった。
目を閉じ、全身の感覚を遮断することを決意する。
「痛みが続くよりマシか」
部屋の中に気配はない。
静寂の中、誰もいないことを確認する。
ずいぶんと昔にこんなこともしたか、思い出すことすらできないな。
感覚を遮断するということは、すなわち無防備になるということ。
それは「殺してくれ」と言っているようなものだ。
できる限り避けたいが他に手段がない以上、集中するためには仕方がない。
痛みの原因を探っていると、頭からつま先にかけてほぼ全身の骨にヒビ。
胸部では肋骨が折れ、左腕も骨折。
首筋の刺し傷、腹部と背中には深い裂傷……細かい傷を数えれば、きりがない。
さらに、首の傷からは毒のような魔力が傷口から非常に遅い速度で流れ込んでいる。
これを抑え込むだけで、他の傷の回復が大幅に遅れてしまうだろう。
「こんな痛みはいつ以来だ? しかし、思った以上に重症だな。しっかり集中すれば五日くらいで治るか」
これほど全身に傷を負うのがいつぶりかと考え、つい言葉が漏れた。
すると、真横から唐突に驚きの声が聞こえた。
「な、何を言っているのですか、そんなに早く治るわけがありません。最低でも月単位はかかりますからね!?」
ベッドの横にいた女性の存在に、まったく気づかなかった。
ワシが警戒すると相手はビクッと身をすくませ、ぎこちなく笑った。
「あ、えと。ごめんなさい! 君がとんでもないことを言うからビックリして」
「貴様は……いや、貴様が助けてくれたのか。礼を言う。ワシはシドだ」
「私はレリアと言います。ウトウトして少し寝てしまっていたようです」
レリアは腰柔らかい雰囲気によく似合う黒い修道服に身を包み、その端整で美しい顔立ちからは神聖さを感じた。
首元にかけられたネックレスの先に付いている古い十字架に視線が留まる。
汚れもなく清潔に保たれている修道服に比べると、角が欠けていたり擦り傷などがあるため余計に目を引いた。
「ワシはどうしてここにいる?」
レリアは少し思い出すようにゆっくりと口を開く。
「シド君を見つけた時は、全身血だらけで死んでいてもおかしくない状態でした。川辺の近くで見つけたのですが、濡れていなかったので私はイジメなのだと思って急いで手当てをしました。子供同士のいじめだとしても酷過ぎます!」
「はぁ!? このワシが子供だと? 冗談も大概……」
ワシは自分の身体を改めて見る。
腕を見る……細い。手を見る……小さい。
何だか小さい。何もかもが小さい。
あの戦いの日々や鍛錬で培ってきた強靭な肉体が、どこにも存在しなかった。
「ああ、ワシの身体が消えた! どこだ? どこに隠した!」
今まで共に生きてきた肉体を探すように、ワシは自分自身の身体をとにかく触って確認する。
傍から見れば、痛みで暴れているように見えただろう。
「シ、シド君? しっかりして落ち着いて。大丈夫ですから、ね……私が回復をかけてあげます」
レリアの手がワシの腕に触れると、傷の痛みが温かく包まれ、少しずつ引いていった。
混乱していた頭が落ち着き、ワシは思わず驚いた表情になる。
「む? そうか……レリアは神官……なのだな」
「はい。シド君は、神官を見るのは初めてですか?」
その問いには答えず、ワシはレリアの手に視線を落とした。
彼女の手には包帯が巻かれており、それは手から腕にかけて続いている。
「貴様も怪我をしているではないか」
「私は大丈夫です。転んで擦り切れてしまっただけですから」
失敗談を語るレリアは少し恥ずかしそうに笑う。
ワシは周囲を見渡し、神妙な顔になった。
「……今は、帝国歴何年だ?」
「えっと、帝国歴はかなり昔の呼び方ですね。今は神魔暦の1124年ですね」
その答えにワシは頭を抱えた。
レリアは心配そうにワシの顔を覗き込む。
「シド君、大丈夫? 迷子になっちゃった?」
「迷子だと? そんな生易しいものじゃない!」
ワシが声を荒げると、レリアは驚いて身を縮こませた。
「ご、ごめんなさい!」
「はぁ……いや、すまん。どうやら、ワシの生きていた時代とは随分と違うらしい」
「生きていた時代? シド君は生きてますよ。まあ、死にかけてはいましたけど」
「そうではない。ワシが生きていた時代より先の未来にいるということだ」
「シド君の未来の話ですよね。それは、明るい未来が待っています!」
「そうではなくてな……はぁ」
レリアにワシの言葉は通じていないようだった。
いきなり未来にいるなどと言ったところで、通じる訳がないか。
そう思って諦め、次は帝国について聞こうと考える。
さすがに帝国は変わらないだろうと思い、レリアに尋ねた。
「ドラニア帝国はどうなっている?」
「ドラニア……帝国ですか? どこかで聞いたことがあるような……うーん?」
レリアは考え込むように視線を彷徨わせ、思い出そうとしている。
「過去の文献で見たような記憶が……。えっと、何でしたっけ?」
「あのな、それをワシが聞いているんだ」
レリアはまだ考えている様子だった。
その姿を見ていると、ワシまでつられて同じように考えてしまう。
さっきは痛みで思い出せなかった記憶が、少しずつ蘇ってくる。
そしてワシは、忘れていた記憶を取り戻した。




