15話 魔物の群れを蹴散らす復讐の鬼
だが、彼らの制止の声を背中で受け流し、地面を強く踏み締めて一気に加速した。
全盛期のキレを取り戻した肉体は、風を置き去りにするほどの速度で戦場へと滑り込む。
魔物の群れが迫る中、無言で距離を詰めて腰の村正を一気に引き抜いた。
白刃が日の光を受けて振りかざした次の瞬間、五つの巨大な閃光が同時に放たれる。
――五閃刃
空間そのものを五つに切り裂くような縦横の斬撃が、凄まじい衝撃波を伴って防壁の穴へと殺到した。
肉を断ち切り骨を砕く鈍い音が重なり合い、穴を埋め尽くしていた魔物たちの一団が一瞬にして吹き飛ぶ。
本来ならば魔力を刃に乗せて飛ばす剣気など、通常の剣士には絶対に不可能な神業だ。
物理的な刃の届かない距離から放たれた五筋の光と威力を見て、止めに入ろうとしていたルードルたちが揃って絶句した。
「け、剣撃が飛んだだと!? 壁の穴周辺の魔物が一気に消し飛んだぞ!」
あまりの威力と規格外の技に、背後で構えていたB級冒険者たちも武器を持ったまま動き止めている。
風を切る勢いのまま、周辺に残った魔物たちをすれ違いざまに斬り捨てていく。
だが防壁の向こう側からは、さらに地響きを立てて新しい魔物の群れが次々と押し寄せてくる。
果てしなく続く敵の気配を感じながらも、私の心はどこまでも冷徹だった。
胸の奥で激しく滾る憎悪と歓喜を無理やり押さえつけ、さらに足を進める。
崩れた防壁の穴をすり抜け、そのままエルナザムの外へと飛び出した。
足元には私が放った斬撃によって、無惨に両断された魔物の死骸が散乱している。
視界の先に広がるのは、大地を埋め尽くすようなおよそ三千体の魔物の大群だ。
土埃を巻き上げて迫る異形の波の奥に、かつて手も足も出ずに打ちのめされた因縁の気配が確かに存在していた。
私はただ一人でその大軍勢の正面に立ち、静かに刀を構えて敵を見据えた。
防壁の外へ踏み出した瞬間から、手の中の妖刀村正が狂ったように鳴き始めた。
頭の中に直接響き渡る「斬れ、殺せ」という怨念の雑音。
本来ならば忌むべき呪いの声だが、今の私には不思議と心地よく感じられた。
目の前の軍勢をすべて斬り伏せていけば、あの憎き宿敵に手が届く。
ならばどうすればいいかなど、もはや愚問でしかなかった。
ただ斬ればいい、それだけだ。
私の邪魔をする魔物どもは――塵と化せ!
先陣を切って突っ込んできたのは、無数の小鬼と大鼠の群れだった。
大地を黒く染めるような足音に対して、私はただ正面から歩みを進める。
村正の白刃を一閃させると、風を引き裂く一振りが横並びの十体をまとめて両断していた。
返り血を浴びる間もなく、私はさらに敵の渦中へと深く踏み込んでいく。
左右から迫る豚鬼の質量を、全盛期のキレを取り戻した身のこなしで最小限にかわす。
すれ違いざまに首を跳ね飛ばし、そのまま大蜘蛛の太い脚をまとめて切り落とした。
私は歩みを止めることなく、もっとも魔物の密度の高い軍勢のど真ん中に飛び込んでいた。
四方を鬼人や殺人熊の巨体に完全に囲まれる。
頭上から牙と爪が容赦なく振り下ろされ、周囲は逃げ場のない肉の壁で埋め尽くされていた。
だが、私の心には焦りなど微塵もなかった。
怨念に狂う村正の刃は恐ろしいほどの吸い付きを見せ、私の全盛期は多少のズレなど関係ない程の剣技が冴え渡る。
地を滑るような足さばきで滑らかに軸を回し、凄まじい遠心力を刃に乗せる。
自身を中心に円を描くように放たれた水平の斬撃は、周囲の数十体をまとめて綺麗に切り捨てていた。
絶叫を上げる暇すら与えず、巨体たちが次々と上下真っ二つに分かれて崩れ落ちていく。
突撃してきた牛頭鬼の巨大な斧を、村正の峰で受け流すと同時にその太い腕を付け根から断ち切った。
返しの刃でその巨躯を縦に両断し、噴き出す血飛沫をステップ一つで回避する。
触れるものすべてを無に帰す村正の切れ味と技の前では、魔物の硬い皮も骨もただの薄紙と変わらない。
無数のオークが棍棒を振り回して肉薄してくるが、そのすべての軌道は私の眼には止まっているように遅かった。
呼吸一つ乱さず、冷徹な機械のように正確な一撃をただひたすらにくり出していく。
私の周囲には肉片と鮮血の雨が降り注ぎ、大地はまたたく間に魔物の死骸で埋め尽くされていった。
一歩進むたびに十の命が消え、一振りごとに敵の群れが紙細工のように破砕されていく。
胸の奥で煮え滾る狂喜が私の剣をさらに加速させ、戦場には文字通りの死の嵐が吹き荒れていた。
◇
――その頃、私の背後からは、激しい怒号と金属音が途切れることなく響いていた。
「ルードル、左からキラーベアが来るぞ! まだ体が完全に回りきらねえ!」
「持ちこたえろジルガン! アレスさんが開けた穴を絶対に塞がせるな!」
『暁の太陽』の面々はバルを背後に庇いながら、私が討ち漏らした僅かな魔物の残党を必死に迎撃していた。
ジルガンが包帯の巻かれた腕で大盾を構え、突進してきたキラーベアの爪を強烈な衝撃とともに受け止める。
激しい火花が散る中、盾の隙間からルードルが鋭く踏み込み、魔物の懐へと的確に剣を突き刺した。
咆哮を上げて崩れ落ちる巨体の向こうから、さらに三体のオーガが棍棒を振り上げて襲いかかってくる。
「ハァッ! 我が声に応えよ、大炎よ敵を飲み込め、炎嵐!」
後方からホルミが短い詠唱で広範囲の火炎魔術を放ってオーガたちの足を焼き払った。
動きの鈍った魔物たちの首を、ルードルとジルガンが連携して確実に切り落としていく。
A級パーティとしての意地と意気込みで、彼らは見事な連携を見せると迫る残党を確実に討伐していた。
だが、彼らが戦いながら前進するにつれて、その視界に映る光景は言葉を失うものへと変わっていった。
「おい、嘘だろ……どうしたらこうなるんだ……」
前方の死体の山を見つめながら、ルードルが戦慄した声を漏らした。
彼らが必死に数体の残党を倒している間にアレスの歩んだ道のりには、もはや動く魔物の姿は一匹として残されていなかったからだ。
「鉄の盾持ちのオークの体ごと、全部綺麗に真っ二つにされてるぞ! 人間の力でこんな真似ができるわけがねえ!」
ジルガンが信じられないといった様子で、真っ二つになった魔物の死骸を指さして叫んだ。
ホルミもまた、荒い息を吐きながらその場に釘付けになっていた。
「魔法の痕跡は一切ありません。ただ純粋な剣の力だけで、この数百の軍勢を消し去ったというのですか」
そこには、鉄の盾を持ったオークや鋼のような皮膚を持つオーガも、すべてが一刀のもとに両断された死体の山が築かれていた。
数百を超える魔物が最初からそうなる運命だったかのように美しく真っ二つにされている。
ただ一人の剣士が短時間で成し遂げたとは到底信じられない、文字通りの地獄絵図だった。
だが、私は彼らの驚愕など目にも留めず、ただ前だけを見据えていた。
魔物の大群が左右に割れ、その奥からゆっくりと進み出てくる存在があった。
黒煙のような禍々しいオーラを纏った漆黒の鎧。
首の無い体からありもしない視線を感じて、寒気が背筋から這い上がってくる気持ちの悪さ。
私が復讐の炎を絶やさぬように心の奥深くで狂おしいほどに求め続けていた、憎き異様の化け物。
――首無し騎士。
ついに、最大の目的である宿敵が私の目の前に現れた。
その姿を目にした瞬間、私の意識は急激に過去の記憶へと引き戻されていく。
あれは、私がまだ若い頃に大切なものを失った六十八年前の出来事だった。




