14話 襲撃を告げる鐘の音が聞こえた
「バルは持っていた木剣を振り回して突っ込んでいった。当然、まともに当たるはずもない。だが、数度の攻撃のうちの一振りが奇跡的にレリアの指を浅く切り裂いたんだ。そして、その痛みで正気を取り戻したようで、そのまま飛び去っていった」
私はバルを見た。ただのやんちゃそうな子供だが、その眼には確かな意思が宿っている。
この子供の木剣の攻撃で傷を与えただと……シドの時といい、つくづく私は見る目がないな。
再び『暁の太陽』に向き直り、核心の問いを投げかけた。
「レリアにやられた状況は分かった。だが、結局のところレリアはどこへ向かったんだ?」
その問いに、テーブルの上が一瞬で凍りついた。
ホルミが無念そうに深く首を振る。
「……分かりません。彼女自身がどこを目指していたのか、私たちには見当もつかないのです。飛び去った方角も、夜の暗闇に紛れてすぐに見失ってしまいました」
ルードルも拳を握りしめ、吐き捨てるように呟いた。
「面目ないがどこに行ったのかすら、本当に分からないんだ。手がかりは、あの村の周辺で完全に途絶えてる」
部屋の中に、重苦しい沈黙が降りてきた。
レリアの捜索は、完全にここで足止めとなる。
手がかりを失い、これからどう動くべきか……私は思考の海に沈みかけた。
――その時だった。
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
耳を突き破るような、激しい魔物の襲撃を告げる鐘の音が町の空に響き渡った。
それまで騒がしかった酒場の中が、一瞬で完全なパニックに陥る。
冒険者たちが椅子を蹴り飛ばし、武器を掴んで次々と外の通りへ飛び出していく。
私を囲んでいた『暁の太陽』の三人とも、怪我を押して即座に立ち上がった。
「クソッ、こんな時に何が来やがった!」
怒号と悲鳴が渦巻く通りへ出ると、南の城門の方から、喉を引き裂くような警備兵の叫び声が聞こえてきた。
「防壁が破られたぞ! 敵は魔物の軍勢およそ三千体、だが防ぎきれん!」
「嘘だろ、なんだあの一番奥にいる不気味な鎧は!」
「あれは……漆黒の鎧を身に纏い、失った頭を探して彷徨っているといわれている伝説の化け物――『首無し騎士』だ!」
その名前が、私の鼓膜を容赦なく叩いた。
周囲の冒険者たちが名を聞いただけで恐怖に腰を抜かし、地面にへたり込んでいく。
だが、その瞬間にすべての音が消え去った。
かつて六十年もの間、ずっと探して追い求めていたが諦めていた存在。
若返ったこの胸の奥で凍りついていたはずの憎悪が、爆発的な熱量を持って静かに沸騰し始める。
私は狂おしいほどの狂喜を伴って、腰の妖刀村正の柄へと右手をかけた。
◇
酒場の扉を蹴破るようにして外へ飛び出し、私はルードルたちとバルを従えて南の城門へとひた走った。
通りは避難する住民と武器を手にした兵士たちでごった返している。
正面からは絶え間なく金属の擦れ合う音と悲鳴が風に乗って聞こえてきた。
城門の近くへ辿り着いた瞬間、私の目に飛び込んできたのは無惨に砕け散った石壁の姿だった。
強固なはずの防壁の一部が完全に崩落しており、そこから無数の魔物が津波のように町の中へと流れ込んでいる。
「防衛線を維持しろ! これ以上中に入れるな!」
崩れた穴の周辺では、数人のB級冒険者と衛兵たちが必死に武器を振るって応戦していた。
前衛の大盾持ちが歯を食いしばって豚頭人の突進を受け止め、後方から長槍がひたすらに突き出される。
だが次々と押し寄せる魔物の勢いに押され、彼らの陣形は今にも決壊しそうなほどに追い詰められている。
盾はひしゃげて槍の穂先も折れ曲がり、疲労で足元をふらつかせる者も少なくなかった。
崩れた石壁を乗り越えてくる狂暴な獣たちに、防衛線はじわじわと後退を余儀なくされていた。
私とルードルは足を止め、その乱戦の様子を冷静に観察した。
魔物の個々の力はそれほど高くはないが、何より三千という圧倒的な数が厄介だ。
倒しても倒しても後から湧き出す波に、人間の体力ではいずれ限界が訪れる。
下手に中へ通せば、エルナザムの町はあっという間に地獄へと変わるだろう。
ルードルが剣を抜くと、私に鋭い視線を向けてくる。
怪我を押してなお戦おうとする彼らの気概は認めるが、完全な体調ではない彼らでは長くは持たない。
私は腰の妖刀村正の柄を静かに握り、冷徹に言葉を返した。
「ルードル、お前たちはバルを連れてその崩れた防壁の前に陣取れ。そこから先は魔物たちを一歩も入れずに死守しろ」
「だが、この大群の流れを食い止めるのはさすがに無理がある!」
「侵入してくる魔物は、私がこの場ですべて叩き伏せる。お前たちには残党の掃除を任せる」
私の指示を聞いた瞬間、ルードルたちは血相を変えて立ち塞がろうとした。
「あんた正気か! いくらなんでも一人で大群を相手にするなんて無茶だ!」
背後のジルガンやホルミも、無謀な真似はやめろと必死に声を荒げている。
彼らは私を知らないのだから、その反応は当然のものだった。




