13話 レリアの情報について聞く
◇◇
ギルド長からの依頼を受けた私は、サンブロスの町を後にした。
街道の白茶けた地面を、ただ一定の歩調で踏み締め続けていく。
目指す先は南に位置するエルナザムの町だ。
馬車に揺られていれば到着までに丸三日はかかる道のりだが、私は徒歩での移動を選んでいた。
若返ったこの肉体は驚くほどに軽く、全盛期の足運びを確かめるには丁度いい距離だったからだ。
けれど、今回はあえて速度を落とし、野外で一泊を挟むルートを選択した。
道中、私は街道からわずかに外れた林や見晴らしの良い丘へと定期的に足を向けた。
周囲の茂みへ視線を走らせ、風の音に混じる微かな生き物の気配へと耳を澄ませる。
「……この辺りの魔獣の生息域に、目立った変化はないな」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
あえて丸二日という時間をかけたのは、エルナザムの周辺環境を自分の目で確かめておくためだった。
逃亡中だという神官レリアの痕跡がないか、あるいは不自然な生態系の乱れがないか。
ただの移動を偵察へと変える、私なりの合理的な手段だった。
夜になれば、街道沿いの適当な岩陰を見つけて腰を下ろした。
手慣れた手付きで小さな焚き火を起こし、干し肉を齧りながら夜の闇に包まれた荒野を見つめる。
パチパチと爆ぜる火の粉の向こう側、暗闇の奥からこちらを窺う野生動物の気配を感じた。
だが、こちらの無駄のない静かな佇まいに気圧されたのか、それらは近寄ることもなく居心地が悪そうに自然と闇の奥へと離れていった。
周囲の警戒を怠ることなく浅い睡眠を数時間だけ取り、夜が明けるのと同時に私は再び歩き始めた。
サンブロスからここまで、街道の左右に広がる林や見通しの良い丘をいくつも巡ってきた。
道中に魔物の足跡や妙な削られ方をした木々がないかも確認したが、今のところ目立った異変は見当たらない。
やはり神官レリアの足取りを掴むには、住人たちが避難したというエルナザムの町の中で直接情報を集めるしかなさそうだった。
一泊を挟んで周辺の調査をこなしながら進んだ結果、わずか二日という短期間でエルナザムの町へと到着した。
目の前に現れたエルナザムの城門は、サンブロスのそれよりも一回り大きく行き交う人々の数も段違いに多い。
門番にギルドカードを提示して中へ入ると、石畳の並ぶ活気ある街並みが視界に飛び込んできた。
「さて、まずは情報収集から始めるか」
私は賑わう通りを進み、町の中心部へと向かった。
新しく訪れた土地で生きた噂話や依頼の動向を掴むには、人間が自然と集まる場所を目指すのが最も確実だ。
見渡すと一軒の大きな酒場が目に留まった。
昼時を過ぎているにもかかわらず、中からは大勢の笑い声や食器の擦れ合う喧騒が漏れ聞こえてくる。
私は迷わずその酒場の扉を押し開いて足を踏み入れた。
適当な空き席を見つけて腰を下ろし店員に軽い酒と簡単なつまみを注文する。
運ばれたグラスに口を付けながら、私は喧騒に紛れる周囲の会話へとさりげなく意識を傾け始めた。
この地域で今、何が起きているのか。
どんな依頼が飛び交っているのか。
そうして酒場の空気を観察しているうちに、私の視線は店内の奥側にある一角へと自然に引き寄せられた。
そこにいたのは、明らかに周囲の一般冒険者たちとは放つ空気が異なる、一際強い存在感を放つ者たち。
このエルナザムを拠点とする実力派パーティ――『暁の太陽』のメンバーが、そこにいた。
◇
酒場の奥で一際強い存在感を放つ一角に視線を向ける。
そこには、重苦しい空気を纏った三人組の冒険者たちと生意気子供が一人、神妙な顔で席に混じっていた。
私は迷わずそのテーブルへと歩み寄り、空いている席を引いて腰を下ろした。
突然の闖入者に対し、三人から一斉に鋭い視線が投げかけられる。
中央に座る、剣を帯びた精悍な男が怪訝そうに口を開いた。
「おい、あんた。ここは俺たちの席だ。他を当たってくれ」
「サンブロスのギルド長から、依頼を受けてきたアレスだ。お前たちが、神官レリアに敗れたという『暁の太陽』だな」
名乗った瞬間、三人の表情が固まった。
男はしばらく私を睨みつけていたが、やがて諦めたように小さく息を吐き出した。
「……そうか、あのギルド長からの依頼か、聞いてるよ。俺はリーダーの『剣』のルードルだ。こっちは『盾』のジルガン、そしてローブの魔法使いが『賢者』のホルミだ。で、この子供はロザリア村から一緒に連れてきたガキ大将さ」
「ガキ大将じゃねえ、バルだ! これでもレリア姉ちゃんに一撃入れたんだぞ!」
やんちゃそうな子供が威勢よく吠えるが、ルードルに頭を小突かれて黙り込む。
「アレスさんと言ったか。見ての通り、俺たちはボロ負けした。何が知りたい」
「一人ずつ、どうやってやられたのかを詳しく聞きたい。相手の手癖や特徴を知りたい」
私の要求に重厚な鎧を着たジルガンが、悔しそうに大盾に視線を落とした。
「俺から話そう。信じられねえだろうが、あの女、大盾を構えた俺の正面から突っ込んできやがったんだ。剣技の欠片もねえ、ただの素人の体当たりだ。だが、その衝撃は丸太で殴られたどころじゃねえ。盾ごと俺の身体を数メートルも吹き飛ばしやがった。あの華奢な身体で、どんでもねえ馬鹿力だった。……守りの要の俺が動けなくなるとかよ、情けねえ」
続いて、リーダーのルードルが自身の包帯が巻かれた腕をさすりながら言葉を継ぐ。
「ジルガンが弾かれた隙に、俺が死角から懐へ飛び込んで足を切りつけたんだ。だが、刃は肉に食い込む前に弾かれたんだ。そして、弾いたと同時に奴の動きはさらに加速した。目で追うのがやっとの速度で腕を振り回され、俺の剣はまともに受け流すことすらできなかった。気付いたら飛ばされてたよ」
そして、目を閉じたまま佇んでいた魔法使いのホルミが静かに話し始めた。
「私は後方から確実に命中させようと広範囲の攻撃魔法を展開しました。ですが、彼女はその攻撃を難なく突破してきて、呪文を完全に霧散させてしまったのです。魔法すら通じず、圧倒的な速度と力の暴力に、私たちはただ蹂躙される他ありませんでした。完全に死を覚悟しましたよ。これが吸血鬼化した人間の力なのかと……」
三人の証言を、私は静かに脳内で組み立てていく。
話を聞く限り、そのレリアという女は人外の強さを持っていることは確かだ。
技術はないが血と呪いによって駆動する肉体は、人の限界を遥かに凌駕していと。
だが、人が吸血鬼化したからといって、A級である冒険者を軽く倒すとは考えにくい。
もっと最上位に値する者の血……例えば魔王に近い者の血でも受けたのだろう。
町に戻ってからの数日は彼らはギルドの高級な回復薬と神官による高位の回復魔法を受け続けていた。
レリアの一撃はそれほどまでに重く、高級な薬や魔法を注ぎ込んでようやく動けるようになったのだという。
実戦に耐えるまで戻したとはいえ、いまだ痛々しく巻かれた包帯がその過酷さを物語っていた。
「そんな化け物を前に、なぜお前たちは生きている?」
「ここにいるバルのおかげさ。みどころがあるから、見習いということで今は面倒みている」
ルードルが、隣のバルの肩を組んだ。
「俺たちが動けなくなった時、逃げることなく立ち向かってくれたおかげだ」
「この子供がどうやって助けたんだ」
どう見てもそこらにいるただの子供だ。
ルードの攻撃にも攻撃は弾かれ、ホルミという魔法使いの魔法攻撃でも無傷なのにどうやって助けたというのだ。
とてもじゃないが足手まといにしかならないだろう。




