11話 アリアの病状を診る
オレがそう応じた瞬間、背後でアリアが急に身じろぎをして顔を真っ赤に染めた。
彼女は自分の身体を両手で隠すようにして、小さく縮こまる。
「あ、あの! その、ここで脱ぐのはちょっと……」
「あっはっは! その必要はない」
クロウの瞳の奥が、一瞬だけ怪しい紫色の光を放った。
それが彼自身の持つ看破の魔眼、あるいは固有の技術なのだろう。
アリアをじっと見つめていたクロウの顔から先ほどまでの軽薄な笑みが、だんだんと消え去っていく。
男の細い目が驚愕に大きく見開かれ、その視線はアリアの胸元へと完全に釘付けになった。
「……冗談だろ、これは。その小さな身体の内側で、何が起きているんだ」
S級の盗賊が初めてその声に明らかな動揺を滲ませて、一歩後ろへと身を引いた。
どうやらアリアの体内の異常は、クロウの目から見ても常軌を逸したものであるらしい。
「何か分かったのか?」
オレが静かに問いかけるとクロウは額にうっすらと汗を浮かべながら、自身の口元をマフラー越しに強く押さえた。
「……信じられん。魔力の回路が、まるで大洪水を起こしたかのように膨れ上がって暴走しかけている。だが、それだけじゃないな。その荒れ狂う魔力は本来なら自分で制御できるはずだが、こうなるのは何か別の理由がありそうだな」
クロウの言葉は、診療所の老医師が見抜けなかったアリアの体内の本質を、正確に捉え始めていた。
やはり、この男を捕まえたのは正解だったらしい。
「そのお嬢ちゃんの身体は巨大な魔力が体内で膨張した爆弾のような状態だぞ。放っておけば、一ヶ月もしないうちに内側から完全に消滅する」
クロウは真剣そのものの冷たい瞳で、オレを見据えて静かに告げた。
後ろからアリアは不安そうな顔をしているが、クロウにはっきりと伝える。
「私はアリアです。その爆弾のような状態って、さっき魔力を放出してきたので問題ありません!」
「わかったわかった。アリア、それは何度も溜め込んでは放出してきたせいだろうな。もう既に異常ともいえるくらいの魔力量になっているぞ」
心当たりがあるのか、アリアは祈るように両手を握るとオレの後ろに隠れた。
「つまり、破裂寸前まで魔力を溜めては放出していたせいで、魔力量の上限があがっているのか……だとしたら厄介だな」
オレは小さく呟いた。
だが、他人の鑑定結果をただ鵜呑みにするほど、素直に受け止めることはできない。
オレ自身の『気』を伸ばして、直接アリアの体内を観察することはできないだろうか。
かつて神と対峙した決戦の地で、オレは小さな頃から『気』を使ってずーっと押さえ続けていた魔力を開放した。
元々は魔力量の低かったオレだが、長年封じ込めていたそれは膨大な量へと膨れ上がっていた。
その魔力を黒剣にすべてを宿して叩きつけることで勝利を収めたのだ。
自ら縛って封じていた魔力を開放したあの瞬間、オレは『気』を使って強引に己の魔力をこじ開けていた。
これまでは相手に向けての攻撃としてしか『気』を放ってこなかったため、他人の状態を調べるという考えにまでは及んでいなかった。
だが、あの時の感覚を応用すればアリアの体内の異常を察知できるはずだ。
「オレも少し診てみよう」
「えっ!? シ、シドくんが?」
オレの言葉に、アリアは顔を真っ赤にして両手を胸の前で合わせた。
ここで脱がされるのではないかとビクビクして怯えているのだろう。
小刻みに震えながら見つめてくるアリアの様子に、オレは小さく頭を振った。
「ただ、お前の身体にオレの力を少し流し込むだけだ」
「う、うん……。シドくん、なら、いいよ……」
アリアはギュッと目を瞑り、覚悟を決めたように動きを止めた。
オレはアリアの正面に立ち、彼女の胸元へと右手をゆっくりと伸ばしていく。
肌に触れるか触れないかという、極限の至近距離でピタリと掌を止めた。
「ふぅ……」
静かに息を吐き、意識を集中させる。
掌から絹の糸のように細く、かつ極めて精密にコントロールされた『気』をアリアの身体へと放った。
オレの『気』はアリアの皮膚を優しく透過し、彼女の体内を駆け巡っていく。
まずは手足や内臓の周囲を調査したが、そこには何の異常もない。
そして、『気』は最終的な目的地である、アリアの心臓へと到達した。
「……なるほどな。そういうことか」
アリアの心臓を『気』で走査した瞬間、オレは明確な違和感の正体を突き止めた。
魔力が放出している場所に本来ならば放出を押さえている蓋のようなものがあった。
これを『魔力の蓋』としておこう。それが、破損してボロボロに壊れていたのだ。
オレ自身が自分の強大すぎる魔力を抑え込もうとした時、身体のから放出される魔力の機能としてハッキリと認識していた『魔力の蓋』。
おそらくロザリア村の川の聖水の摂取による過剰になった治癒が原因だろう。
アリア自身が魔力がそのあたりで制御できないと言っていた。
『魔力の蓋』が機能していないせいで魔力には上限という概念がなくなり、常に許容量を超えた魔力が溢れ出続けていたのだ。
だからこそ、あの教会の裏道で猫が集まるほどの重すぎる魔力を、定期的に外へと排出しなければ身体が破裂してしまう状態に陥っていたのだろう。
オレは右手を静かに引き、知らずのうちに息を呑んでいたアリアとクロウへと視線を向けた。
「アリアの体内の異常の正体が分かった。本来魔力を制御するための蓋がある。……オレはそれを『魔力の蓋』と言っているが、その蓋が壊れて破損している。そこからすべてが漏れ出ている状態だ」
「は? 魔力の、蓋?」
オレの推察を聞いたクロウが、初めて心底わけがわからないといった風に眉を寄せた。
それもそのはずだ。
魔力そのものの仕組みなど、皆が理解しているわけじゃない。
ましてや、魔力に精通していない人間の言葉だ。
そんな反応になるのも当然だろう。
だが、オレはアリアの体内を『気』を通じて診たからこそ言えることだった。
「過剰な治癒の力で蓋が破損してしまったのだろう。行き場を失った魔力が制限なく溢れ出て身体中に溜まっているんだ。それを定期的に排出しなければ命に関わるが、排出するたびにこの細い身体の魔力を伝う場所は削られている。それが、数ヶ月で限界を迎えるかもしれない。そういう話だ」
「おいおい、ちょっと待てよ。蓋が壊れてるって、そんなの聞いたこともないぜ。じゃあ、お前たちはどうするつもりだ? その蓋とやらを、作り直すつもりなのか?」
クロウの言葉に、オレは静かに首を横に振った。
「理屈の上では、蓋を直せば万事解決なのは分かるだろう。だが、そんな治療方法は誰も知らない。人間の身体の根幹にある構造というよりも、魔力の制御にあたる部分を修復する。たとえ、中央の大神殿の最高位の神官であっても、回復ができるとは到底思えない」
オレが冷徹な事実を告げると、ロビーの空気は凍りついたように静まり返った。
アリアは絶望的な現実の壁を突きつけられ、自身の胸元を震える手でギュッと握り締めている。
その細い肩が小刻みに揺れるのを見て、オレはアリアの頭へそっと手を置いた。




