7話 冒険者ギルドに向かう
やがて見えてきたのは、大きな剣を模した看板が掲げられた石造りの建物だった。
冒険者ギルドの扉を開けて中へ入ると、昼間から酒と血や鉄の匂いが混ざった熱気が押し寄せてくる。
アリアは周囲の強面な男たちに気圧されたのか、オレの背後に隠れるようにしてついてきた。
そのまま受付カウンターへと真っ直ぐ歩を進める。
「素材を売りたい。換金の手続きを頼む」
オレが告げると、カウンターの向こうにいる眼鏡をかけた受付嬢が顔を上げた。
「換金するのなら、まずはギルドカードの提示をしてくださいね」
「……持っていない」
「それなら、新規登録の手続きから始めましょうか」
彼女は一枚の羊皮紙を机に広げ、手慣れた様子で説明を始めた。
「十二歳以上であればどなたでも登録できます。S級を最上位として、最初はみなさんF級からの開始となりますね」
彼女は真っ白な白磁のカードを取り出し、インクの乗ったペン先を滑らせていく。
説明によると、このカードには所有者の魔力が登録され、他人が使うことはできない仕組みらしい。
魔物の討伐数や依頼の達成履歴が自動で記録される方式で、この時代でも変わらない魔法具だ。
この他にも、ギルドの手数料や、他国のギルドでもそのまま身分証として使えるといった説明が続いた。
要は、ギルドの不利益になる犯罪行為を犯せば、即座にカードが剥奪されて犯罪者として指名手配されるという単純な規約だ。
オレが心の中でそんな感想を抱いていると、隣にいたアリアが不思議そうにオレの顔をのぞき込んできた。
「ねえ、あなた今までギルドカードなしで何をしていたの?」
「……山にいたからな。特に必要性を感じなかっただけだ」
「山に? そんなの、魔物もいるし危ないじゃない」
アリアは呆れたように肩をすくめたが、オレは適当に聞き流して手続きを済ませた。
やがてオレの手元には、登録したばかりの冒険者カードが渡された。
当然ながらF級になっているが、換金できるなら何でもかまわない。
「よし、これでいい。さあ素材を見てくれ」
オレがカードを提示すると、受付嬢は丁寧な手つきでそれを受け取った。
「承知いたしました。では、どのような素材をお持ちですか?」
「ここじゃ狭すぎるな。取り出すと大変なことになるぞ」
道具袋の紐に手をかけると、受付嬢はただならぬ様子を察して真剣な表情になった。
「……そんなに大きな物なら、確かに大変なことになります」
「だから言っているんだ」
「わかりました。では、こちらへ来てください」
彼女に促され、オレたちはギルドの奥にある頑丈な扉を抜けて地下へと案内された。
そこは冒険者たちが腕を競い合うための、広大な地下闘技場だった。
今は誰もいない静かな空間に、オレたちの足音だけが重く響く。
「ここなら何を出しても構いません。さあ、見せていただけますか」
受付嬢に促されるまま、オレは道具袋の口を大きく開いた。
中から巨鬼の変異種の巨大な腕を、無造作に地面へと放り出す。
ドスンという鈍い地響きと共に、赤い皮膚に覆われた太い腕が転がった。
「な……っ!?」
受付嬢の絶叫が地下室に木霊した。
オレは構わず、次々と素材を取り出していく。
切り裂かれた強固な外皮。鋭い爪。そして、真っ二つに叩き割られたあの巨大な頭部。
それらが積み上がっていくたびに、受付嬢の顔から血の気が引いていった。
「これって……まさか、昨日この町を襲ってきたあの化け物と同じ?」
アリアも目を見開いて、積み上がった肉塊の山を呆然と見つめている。
あの時、町を絶望に叩き落とした巨鬼の変異種。
それを子供が袋から次々と取り出しているのだから、騒ぎにならないはずがない。
やがて異変に気づいた職員たちが、血相を変えて地下へと駆け込んできた。
「おい、これを見ろ! 本物の変異種だぞ!」
「アレスとかいう男が倒したやつ以外に、まだいたのか!?」
変異種を倒したアレスか……剣聖と同じ名だが珍しいこともあるんだな。
そんなことを考えていると、闘技場内は一瞬で怒号と混乱に包まれた。
オレは騒がしい大人たちを無視して、道具袋の紐を静かに締め直す。
「買い取りを頼んだ。この素材は貴重だと聞いてるんだが」
「は、はい。買い取らせていただきますが……少しお時間をいただかないと」
そこへ、奥から息を切らせたギルドの責任者らしき男が慌てて割って入ってきた。
「おい、これだけの素材だぞ! 鑑定と正確な査定にはどうしても時間がかかる! すまないが、今日のところは一度引き上げて、明日また出直してはくれないか?」
「解体も大変だったからな。明日、また来る」
オレは頷くと、先ほど登録を済ませて受け取ったばかりのF級のカードを道具袋へとしまい込んだ。
「明日、査定した金額を受取にくる。あの素材なら、それなりに貰えるんだろう? 当面の路銀として金貨数枚と銀貨と銅貨を百枚ずつ、とりあえず用意してほしい」
オレの言葉に、ギルドの責任者は「今回はあくまで特別対応ですよ」と頷いてすぐに部下へ指示を飛ばした。
彼らが慌てて用意した、両手で持てるほどのずっしりと重い臨時の硬貨の入った袋を無造作に受け取る。
受付嬢が震える手でその金袋を差し出してくるのを横目に、オレはアリアの肩を軽く叩いた。
「行くぞ」
驚きで硬直している彼女は、オレと素材を交互に見つめている。
「これは……あなたが倒したの?」
「ああ、そうだが?」
アリアは何かいいたげな表情をしながら、言葉が出せていない。
だがオレが歩き出すと、我に返ったようにその小さな足で慌ててついてくる。
ギルドの重い扉を押し開けて外へ出ると、すでに日は傾きかけていた。
手に入れた現金の入った袋を道具袋へと放り込み、オレは隣を歩くアリアを見下ろす。
「まずは飯が食いたいな。この近くにまともな飯屋はあるか?」
「うん。中央広場の裏通りに、お肉の美味しい食堂があるよ。……家で食べるから、私はあまり行かないけど」
「たまにはいいだろう。店の様子とかオレはよく分からないから、少し見ておきたい」




