8話 アリアの問題を聞く
案内されたのは、レンガ造りの小さいながらも居心地が良さそうな食堂だった。
香ばしい肉の焼ける匂いが、店外にまで漂ってきている。
中に入り一番奥の席に案内されると、オレは美味そうな肉料理をいくつか注文した。
運ばれてきた料理を前にして、アリアはごくりと喉を鳴らす。
だが彼女はナイフとフォークを持ったまま、なぜか動きを止めてしまった。
「……どうした。食わないのか」
「あのね……お姉ちゃん、本当に無事なんだよね?」
やはり、そこが一番の気がかりなのだろう。
アリアは肉を見つめたまま、今にも消えそうな声で呟いた。
「お姉ちゃん、五年前に教会を壊しちゃってから、ずっと自分の身体のことで悩んでたの。……私の魔力のことも、お姉ちゃんが必死に魔力を抑える方法を教えてくれたおかげだから」
オレは静かに、手元の肉を口へと運んだ。
「レリアなら生きている。必ず帰ると約束を交わしたからな」
「本当に? そうだよね、よかった……。でもね、私もロザリア村にいたとき、魔物に襲われて大きな傷を負ったの。お姉ちゃんは私が人じゃなくなっちゃうって泣いてたけど……村の川の水をたくさん飲んだら、綺麗に浄化されたみたい」
ロザリア村の聖水が含まれた水が、不浄の血を洗い流したわけか。
「でもね、そのせいで私の身体の中の魔力が、すごく変になっちゃったの。自分で全然制御できなくて、放っておくと身体が内側から燃えるみたいに熱くなるの」
だが、その奇跡的な浄化のせいで、体内には別の歪みが生じてしまった。
「魔力の暴走か」
「うん。だから、今は月に一回はお医者様に診てもらってるんだ。……いつもは、こうしてご飯を食べた後に、あの猫たちがいた場所で魔力を放出させて、それから病院に行くの」
アリアが困ったように笑う。
普通ならば魔力を扱うことによって、技や魔法を使うらしいが……。
力で押し進めば十分だと思ったオレは魔力自体を捨てることを選んだ。
魔力は全てのものに宿るのは誰もが知るところだが、『気』についてはほとんど知られていない。
オレ自身も無自覚で扱っていたくらいだ。
この『気』の力はオレにとってはただそこにある当然の感覚であり、息をするのと同じように意識して制御を行っているわけではなかった。だが、今は意識しないと攻撃も回復も『気』を介在した発動ができないため不便としか言いようがない。
魔力を使えないオレが、アリアに魔力の制御を教えてやることもできない。
暴走の予兆を察知することはできても、最悪の事態になる前に抑え込むことができるのだろうか。
レリアとは『アリアを見てもらえないか』と確かに約束を交わしたからな。
「アリア、飯が終わったらオレもその場所へ付き合ってやる」
「え? 危ないかもしれないよ。私の魔力、本当にすごいんだよ?」
「お前が勝手に自滅でもしたらレリアに顔向けができんからな。だからオレは、しばらくお前のそばにいる」
アリアは驚いたように目を丸くしたが、やがて嬉しそうに、硬く結ばれていた唇を緩めた。
「……ありがとう。えっと……シドくん? あなたが迷子にならないように、案内は私がしてあげるね」
「生意気な奴だ。さっさと食え」
オレに促されて、アリアはようやくナイフとフォークを動かして肉を口へと運び始めた。
彼女は小さな両手で器用に道具を扱い、大振りの肉を手際よく一口大の大きさに切り分けていく。
その細かなナイフの進め方やフォークを口元へ運ぶ一連の動作には、どこか育ちの良さを感じさせるような綺麗な気品が宿っていた。
上品に口を動かして嬉しそうに料理を味わう彼女の姿を、オレは静かに見つめる。
かつての戦場において、オレが命を預かってきた者たちは誰もが屈強な兵士ばかりだった。
あるいは、己の命を奪いに牙を剥いてくる飢えた獣のような強敵どもだ。
だが今、目の前で小さな口を動かしているのは、ただ生きるために必死で不条理と戦っている一人の少女だ。
この弱々しくて危うい命を、魔力の暴走という理不尽な絶望から守る。
それが、今の新しいオレの最初の戦いになるのだろうか。
肉を咀嚼するアリアの健気な横顔を見ながら、オレは静かにそんな決意を固めていた。




