6話 アリアに出会う
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酒場を出ると喧騒が遠のく方向へ歩を進める。
町の中心から離れるほど建物の密度は下がり、石畳の隙間から雑草が目立つようになってきた。
やがて目の前に現れたのは、かつて神聖な場所だったとは思えない無残に荒れ果てた教会の成れの果てだった。
屋根の大部分は崩れ落ち、むき出しになった柱が天を呪う指のように突き出している。
マスターの言った通り、壁は内側から何かに突き破られたような、不自然な壊れ方をしていた。
神の加護などとっくに消え失せ、今はただ、埃と死寂だけがそこに溜まっている。
その崩れた壁の片隅に、一人の少女が立っていた。
少女は静かに佇む中、猫がかまってほしいとじゃれついている。
その光景は周囲の廃墟から切り取られたように、ひどく浮いて見えた。
「あれが、アリアか」
姉妹だと見れば分かるほど、レリアに似た容姿だった。
透き通るような肌と、どこか儚げな面影。
探すのに苦労するかと思って覚悟をしていたが、思ったよりも早く見つけることができた。
ただ、いざ本人を目の当たりにすると、声を掛けるのにはためらいがあった。
彼女が守り続けているこの静寂を、オレという異物が壊していいものかと思ったからだ。
だが、ここで立ち止まっているわけにもいかないか。
オレはわざと足音を立てて、少女へと近づいた。
「オレはシド。お前がアリアか?」
短く問いかけると、少女は弾かれたように肩を揺らした。
彼女は猫を抱き上げ、震える足で一歩後ろへ下がる。
その瞳には、得体の知れない侵入者に対する剥き出しの恐怖が宿っていた。
「……何をそんなに怯えているんだ」
オレがさらに一歩踏み出すと、アリアは呼吸を乱して言葉を失ったまま身をすくめた。
まるで、今まで何度も何かに追い詰められてきたような怯え方だ。
だが、沈黙が数秒続いたところで彼女の視線がオレの腰に留まった。
正確には、そこに下げているレリアの道具袋だ。
それを見た瞬間、彼女の瞳から怯えが消えて代わりに烈火のような怒りが燃え上がった。
「その道具袋、どうしてあなたが持っているの!」
アリアは先ほどまでの弱々しさが嘘のような足取りで詰め寄ってきた。
小さな拳を固く握りしめて眉を吊り上げたその表情は、大切なものを奪われた子供の必死な防衛本能そのものだった。
彼女は涙を浮かべながら食らいつくような鋭い目付きで、オレを強く睨みつけてくる。
「それはお姉ちゃんの大切な袋なの。どこでそれを盗んだの!」
ひどく激しい剣幕だった。
姉への心配と長い不在の間に積み重なった寂しさと不安が、オレという標的を見つけたことで爆発したらしい。
オレは、激昂する小さな少女を、黙って見下ろすしかなかった。
「レリアはしばらく戻らないそうだ。だが、必ず帰ってくるから心配するなと」
「嘘よ! お姉ちゃんが、あなたみたいな人にそんな大事なものを預けるはずない!」
アリアは激しく首を振るが、その瞳には縋るような色が混ざっていた。
オレは逃げようとする彼女の視線から目を逸らさず、正面から真っ直ぐに見据える。
「オレの目を見て判断しろ」
静かに言い放つと、アリアは呼吸を忘れたかのようにオレの顔を凝視した。
嘘をついている者の目は、多弁になるか泳ぐかのどちらかだ。
だがオレは、ただ事実を伝えているに過ぎない。
アリアは唇を震わせながら、しばらくの間オレと視線を交わし続けた。
やがて彼女の肩から力が抜け、小さく震える声が漏れる。
「……本当にお姉ちゃんが、あなたに渡した……んだよね?」
「ああ。これを売ってお金にしろと言伝も預かっている」
道具袋の中には、換金が必要な巨鬼の変異種の素材が詰まっている。
オレが腰の袋に手をかけると、アリアはそれを制するように首を横に振った。
「……なら、あなたが持ってて」
意外な言葉に少しだけ眉を動かすと、アリアは道具袋を見つめて呟いた。
「お姉ちゃんがあなたを信じて預けたなら、私だってそうするわ」
彼女の言葉には、姉に対する絶対的な信頼が込められていた。
オレは黙って頷き、再び袋の紐をしっかりと締め直す。
この袋を持って、これからギルドへ向かわねばならないからな。
アリアは少しだけ落ち着いたのか、腕の中の猫をぎゅっと抱きしめた。
「……お姉ちゃん、本当に帰ってくるの?」
「ああ、約束したからな」
オレが短く答えると、アリアは今度こそ信じたように硬かった表情が少し和らいだ。
まだ完全には信用していなそうではあるが、その顔はやはりレリアによく似ている。
「とりあえず、巨鬼の素材を売っておきたい。どこへ行けばいい?」
「冒険者ギルドなら中央広場のすぐ近くだよ」
アリアは腕の中の猫を優しく撫でてから地面へと下ろした。
「すぐに分かる場所だけど一緒に行くね。あなたが迷子になっても困るから」
「……それくらいは分かる」
ぶっきらぼうに答えて歩き出すと、彼女はオレのすぐ隣を小走りでついてくる。
歩きながらアリアは時折気にかけるように、オレの腰の道具袋へ視線を向けていた。
姉の大切な物を預けているという不安感があるのだろう。




