4話 酒場に向かう①
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街道の先に見えてきたのは分厚い石壁に囲まれた町だった。
サンブロス、それがこの町の名前らしい。
歩みを進めるごとに壁の巨大さがはっきりと見えてくる。
数千年という時間が流れても人間が魔物から身を守るために壁を作るという本質は変わっていないらしい。
大きな門の前には町へ入ろうとする商人や旅人の列ができていた。
仕方なく列の最後尾につき順番を待つ。
やがてオレの番が来ると門番の男が、怪訝な顔でこちらを見下ろしてきた。
「おい坊主。こんな所で何をしている」
槍を手にした門番の顔には明らかな警戒と呆れが浮かんでいる。
無理もないか。今のオレの身体はどう見てもただの貧相な子供だ。
黒剣をぶら下げているがそれもただの薄汚れた練習用の剣にしか見えないだろう。
「町に入りたい。人を探している」
面倒だなと思いながら、感情を押し殺して短く答えた。
だが門番は鼻を鳴らして、オレを追い払うように手を振った。
「親の使いか家出か知らないが他を当たれ。今のサンブロスは魔物の騒ぎで警戒を強めているんだ。身元のはっきりしない子供を勝手に入れるわけにはいかない」
「勝手に入るつもりはない。どうすれば入れる」
オレが引き下がらないのを見て門番は面倒そうに頭を掻いた。
「身分を証明できるものを出せ。冒険者ギルドのカードを持っているか」
ギルドカードか……そんなものは当然持っていない。
オレが無言で首を振ると門番はやはりなという顔でため息をついた。
「無いなら身元保証のための通行証を発行するしかない。身分証がない奴は発行代として銀貨三枚だ。隣の詰め所で手続きをしてこい。金がないなら悪いことは言わないから元の村へ帰れ」
銀貨三枚か……そういえばレリアからもらった不思議な道具袋に小銭がいくらか入っていたはずだ。
中身を確認したら銀貨三枚は軽く入っていた。
金のことなど、まったく考えていなかったがレリアはこれを見越していたということか。
いつもなら余計なお世話だといいたいところだが、今回は助かった。
詰め所の窓口に銀貨を置くと、門番は意外そうな顔をしながらも素直に通行証を渡してきた。
オレは通行証を道具袋へしまい、巨大な石門を潜り抜けると町の中へと足を踏み入れた。
町の中は、外から見ていた以上に活気に溢れていた。
石畳の両脇には露店が並び、食べ物の焼ける香ばしい匂いや果物の甘い匂いなどが混ざり合って漂ってくる。
行き交う人々の表情には、魔物の騒ぎによる不安と活気ある日常が奇妙に同居していた。
アリアの手がかりを探すには、まず情報を集める必要がある。
真っ当なのはギルドだろうが、何かと手続きや階級がわずらわしい。
やはり、手っ取り早く街の噂を拾うなら酒場が一番だろう。
オレはすぐ近くにあった、果物を並べている露店に足を向けた。
適当な果物を一つ手に取り、道具袋から取り出した小銭を台に置く。
「坊主、おつりはいらないのかい」
「取っておけ。その代わり一つ聞きたいことがある」
店主の親父が不思議そうな顔をしたので、オレは構わず言葉を続けた。
「この辺りで一番冒険者が集まる酒場を知りたい」
「冒険者ねぇ……それならこの道を真っ直ぐ行った先にある『跳ね馬の蹄亭』が一番だ。腕の立つ奴らもゴロツキもあそこに集まってるよ」
「助かる」
手に入れた果物を軽くかじりながら、オレは教えられた方向へと歩き出した。
腰に下げた黒剣の重みを感じつつ、人混みを縫うようにして酒場を目指した。
周囲からは練習用の剣を下げたガキにしか見えないだろうがな。
やがて見えてきたのは、昼間だというのに騒がしい声が漏れ出している大きな酒場だった。
看板には、片足を上げた馬の絵が彫られている。
ここならアリアの居場所を聞けるはずだ。
重厚な木の扉を押し開けると錆びついた金具が低く重い軋み音を立てた。
店内は昼間から安酒と汗と獣の脂の匂いが入り混じり、薄暗い空間にむせ返るような熱気がこもっていた。
途端に酒をあおっていた荒くれ者たちの視線が一斉にこちらへ突き刺さる。
ただの貧相な子供が一人で迷い込んできたのだから目立つのも無理はない。
「おいおい、ここはお前みたいな坊主がくる場所じゃねえんだよ」
手近な席で飲んでいたゴロツキの男が、下卑た笑いを浮かべて立ち上がった。
男はわざとらしく肩をすくめながら周囲の仲間へと視線を向ける。
「さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
周囲から下品な嘲笑がどっと沸き起こる。
オレは歩みを止めず、その男の目を冷たく見据えた。
「お前みたいな雑魚は、自分の心配でもしているんだな」
言葉と同時に、ほんのわずかな『威圧』をその男一人だけにぶつける。
男の顔から一瞬で血の気が引き、喉の奥で引きつったような音を鳴らした。
そのまま操り糸を切られたように腰を抜かして床にへたり込む。
オレは腰を抜かして這いつくばる男を無視して、店の奥にある適当な空き席へと歩を進めた。
円形の古いテーブルに腰を下ろすと別のゴロツキが血相を変えて突っかかってくる。
「てめえ、あいつに何しやがった!」
テーブルを力任せに叩き割らんばかりの勢いだが、オレにとってはひどく滑稽な見世物でしかない。




