3話 私はギルドの依頼を受けた
◇
窓から差し込む眩しい光で目を覚ました。
沈み込むような柔らかすぎるベッドは、どうにも背中が落ち着かない。
昨夜、あのメイドから聞き出した話は、私の常識を根底から覆すものばかりだった。
今はシン帝国に置き換わっていて、数千年もの時間が流れた先の時代らしい。
ドラニア帝国が消えたのも時の流れというやつか。
だが、私のやるべきことは昔も今も変わらない。
見知らぬ時代の空気を肺の奥まで吸い込み、身支度を整え終えた頃だった。
部屋の扉が叩かれ、一人の使者が訪ねてきた。
冒険者ギルドの使いだ。
昨日の騒ぎを聞きつけたギルド長が、直々に会って話がしたいらしい。
面倒な誘いだが、この見知らぬ時代で情報を集めるには丁度いい。
私は領主が用意した豪華な馬車を断り、自分の足でギルドへと向かった。
案内されたのは建物の最上階にあるギルド長室だ。
「昨日は見事だった。町を代表して礼を言う」
ギルド長は元高ランク冒険者らしい、隙のない体付きをした男だった。
机の上にずっしりと重い革袋が置かれる。
昨日の変異種を討伐した、特別な報酬のようだ。
私は元々、金や名誉などというくだらないものに一切の興味はない。
二十歳を過ぎてから六十年もの間、ただ強い奴と剣を交えることだけを求めて生きてきた。
だがこの時代で『シド』という男を見つけ出すには情報がいる。
効率よく情報を集めて自由に動き回るためには、どうしてもある程度の身分と資金が必要になるだろう。
「……いただいておこう」
私が革袋を受け取るとギルド長は満足そうに頷き、今度は一枚の金属製のカードを差し出してきた。
「冒険者カードだ。お前さんのような規格外をいつまでも素性の知れない野良にしておくわけにはいかんからな。特例中の特例だが、ギルド長としての権限でA級として登録させてもらった」
冒険者カード。
身分証になるだけでなく討伐した魔物の記録や依頼の達成状況が魔法で刻まれる道具だ。
ギルドに金を預けておけばこのカードを通じてどこの町のギルドでも引き出せる。
この仕組みは今でも変わらないか。
昔の私はギルドの要請を突っぱねてブラックリストに入っていたはずだが、さすがに経過した歳月によって消えてしまったのだろう。
「なら当面の路銀だけ現金でもらおう。この重い袋を持ち歩く趣味はない。残りはすべてそのカードとやらに移しておいてくれ」
「一生遊んで暮らせるほどの金貨の山を前にして、中身を確認しようともせんか。肝の据わった男だ」
「剣を振るうのに重い金貨は邪魔なだけだ」
私が求めているのは、己を研ぎ澄ますに値する強敵との戦いだけだ。
地べたを這いずる凡俗どもが命を懸けて貪り合う金など、私の前では何の意味も持たない。
手続きを終え、私が席を立とうとした時だった。
「待ってくれ。特例でA級になったあんたに、もう一つ頼みたいことがある」
ギルド長が声を落とし一枚の羊皮紙を机に広げた。
「公にはできない裏の依頼だ。ある女の身柄拘束を頼みたい」
「人探しや護衛なら他を当たれ。私は忙しいんだ」
「『暁の太陽』という名を聞いたことはあるか」
再び椅子に座りなおした私にギルド長が言葉を続ける。
「うちのギルドが誇る高位の三人組だ。その実力はS級に迫ると言われていた。だが先日、ある女に手も足も出ずに半殺しにされたんだ。あの巨鬼の変異種を一撃で斬ったあんたなら、この異常な女を拘束できると踏んだ」
私はわずかに首をかしげて、疑問を口にする。
「S級に近い三人を子供扱いした、か。だが疑問だな。そんな手に負えん女なら、なぜその本物のS級とやらを使わない」
ギルド長は苦々しい顔で首を振った。
「S級はただの冒険者ではない。一個の軍隊であり、動く戦略兵器だ。国家の存亡に関わる危機でもない限り、一個人の拘束などに気軽に出せる存在ではない。拘束程度の理由でギルドがS級を使役できる回数を減らすことはできないからな」
私は喉の奥で低く笑った。
「なるほど。強大すぎるがゆえに使う回数まで縛られた最終兵器というわけか。飼い主であるギルドすら持て余す化け物とは随分と不自由な話だが……この時代にも、私の剣を振るうに足る奴らがいると知れただけでも悪くない」
「女の名前はレリア。東のロザリア村に巡回していた神官らしいが、今は追われる身だ」
「それで、その女は今どこにいる」
「現在の潜伏先はまったくの不明だ。だがロザリア村の住人たちは、南にあるエルナザムの町へ避難しているという情報が入っている。そこへ行けば何かわかるかもしれん」
私は目を細めた。
S級に迫る手練れを圧倒した、逃亡中の神官。
そして、その女が立ち寄ったロザリア村の住人たちが移動した先は、エルナザムの町。
私には縁のない人間のいざこざだ。
だが私は、この神魔暦について何も知らない。
手探りで世界を徘徊するよりは、この依頼を辿りながら探索ついでに時代を観察する方が効率が良いだろう。
それに何より、その神官とやらの背後には「何か」が隠されている予感がした。
「……悪くない。その依頼、引き受けよう」
そう告げて席を立とうとしたところで、私はあることを思い出した。
「そうだ。もう一つ頼みがある。上等な剣を一本、用意してくれないか」
ギルド長は怪訝そうに眉をひそめ、私の腰に下がる長い鞘へと視線を向けた。
「剣だと? あんたの腰にあるそれはどう見ても一級品の業物じゃないか。あれ以上の物をうちで用意しろと言うのか」
「言葉で説明するより、見てもらった方が早いか」
私は無言で腰の妖刀を外すと鞘ごとギルド長へと差し出した。
彼は戸惑いながらもそれを受け取り、ゆっくりと柄に手をかけて刃を抜き放つ。
室内を冷たい銀光が照らすと見事な波紋を描く、吸い込まれるように美しい刃が姿を現した。
だが、それを見つめるギルド長の目が次第に生気を失い、どす黒い熱に侵されていくのが分かった。
「……ああああ、ァァァァ……血を……肉を、骨を……斬りたい……」
うわ言のように呟いた次の瞬間。
ギルド長は獣のような叫び声を上げ、本気の殺意と共に真っ向から私へ斬りかかってきた。
かつての高位冒険者の力と重さの乗った一撃。
だが、私にとってはひどく単調で遅い。
私は軽く半歩だけ横にずれてその凶刃を躱すと、すれ違いざまに刀の棟を指で掴んだ。そして彼の踏み込む勢いを利用し、力ごと手から引き抜く。
突然武器を失い、前のめりにバランスを崩したギルド長は、そのままの勢いで床に無様に倒れ込んだ。
私は手の中でくるりと刀を返し、流れるような動作で鞘に納める。
「分かっただろう? モノはいいのだが、どうにも気が散る」
我に返ったギルド長は、床に這いつくばったまま顔面を蒼白にしていた。自身の振るった殺意と、一歩間違えれば自分が死んでいたという事実に震えが止まらないらしい。
「な、何だ、その刀は……。柄を握った瞬間、頭の中が真っ白になって……あらゆるものを斬り刻むことしか考えられなくなった……っ」
「使えないこともないが、持ち主を選ぶ手のかかる刀だ。しばらくは大人しい剣を振りたい」
額に大量の冷や汗を浮かべたギルド長は、何度か深呼吸をしてどうにか震えを抑え込む。
そして、私を見上げるようにして頷いた。
「……理解した。あんたに見合うだけの極上の剣を見繕う。だが、少しだけ時間をくれ。あれを見た後じゃ、その辺のなまくらを渡すわけにはいかなくなったからな。完成したら連絡しよう」
「よろしく頼む。ところで、シドという男を知らないか?」
「そんな男は知らないな。少し時間をくれれば調べるが」
「受け取りに来るときに一緒に頼む」
私はそれだけ言い残し、まだわずかに息を乱しているギルド長を置いて部屋を後にした。




