18話 ワシはレリアに過去を話した①
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過酷な戦場を幾度となく制し、勝利の雄叫びを上げる。
それに呼応するかのように、背後の軍勢からも地を揺らす歓声が上がった。
「ドラニア帝国の勝利だぁぁぁぁ!」
「「「「うおおおお!」」」」
ワシを中心に、遥か遠くまで轟くように声が広がっていく。
ドラニア帝国の勝利により、近隣を脅かす敵対勢力はことごとく潰えた。
多大な戦果を上げた報酬のすべてを、ワシは戦争によって被害を受けたであろう孤児院や教会に全額寄付した。
金よりも強者を、己の命を奪いに来る者を求めていたワシは将軍という地位を捨てて退役した。
理由は単純だった。これ以上、この場所に強者は現れぬと悟ったからだ。
更なる強者を求め、ワシの足はかつての友のいる冒険者ギルドへと向かった。
重厚な木の扉を押し開けて一歩踏み込むと、それまで喧騒に包まれていたギルド内が水を打ったように静まり返った。
戦場で浴び続けてきた血の匂いと、無意識に漏れ出す殺気が酒の匂いにまみれた空気を一瞬で凍りつかせたのだ。
「おい、見ろよ……あの体格。ただもんじゃねえぞ」
「なんだあの威圧感は化け物か?」
冒険者たちのひそひそ話が耳に届くが、構わず受付へと歩みを進める。
その途中、酒に酔った大男がワシの前に立ちふさがった。
腰には身の丈に合わぬ大剣をぶら下げた、血気の多そうな荒くれ者だ。
「おいおい、でかいツラして歩いてんじゃねえぞ新入りが。ここは……」
ワシは足を止めず、横目でそいつをギロリと射抜いてやった。
言葉を交わす必要すらない。戦場で数多の命を散らしてきた『眼』を向けただけで、男の顔からみるみる血の気が引いていくのが分かった。
男はガチガチと歯を鳴らし、悲鳴を上げることもできずに腰を抜かして道を開けた。
もはや、ワシに視線を向けようとする者すらおらん。
「ギルドで一番強い者を頼む」
ワシの声に受付嬢は、ひきつった笑みを浮かべて後ずさりした。
「あ、あの……突然何ですか? 依頼であれば、ちゃんと手順を踏んでいただかなければ……」
「ならギルド長を呼べ。シドが来たと伝えれば分かるはずだ」
威圧を抑えているつもりだが、受付嬢は今にも泣き出しそうな顔で首を振る。
「何なんですか、急に。シドなんて人、ギルドは知りませんよ。ギルド長が応じることはないのでお引き取りを……」
「いいから伝えろ。それで済む話だ」
もう一度、今度は少しだけ圧を込めて睨んでやると彼女は短い悲鳴を上げて固まる。
直後、回れ右をして逃げるように奥へと走っていった。
しばらくして、先ほどの受付嬢がひどく恐縮した様子で戻ってくる。
「大変申し訳ございません。ギルド長が部屋でお話したいとおっしゃっています。こちらへどうぞ」
案内された奥の部屋に入ると、そこには熊のような人相をしたがっちりした体格の男が座っていた。
男はワシの姿を見るなり、椅子を鳴らして立ち上がり大声で笑い出した。
「わっはっは! 久しぶりだな、シド。相変わらず、歩くだけで嵐を呼ぶ男だ」
「相変わらずだな、ギル」
「それで、帝国を退役したお前がどうしてここに? まさか今更、新人の冒険者として登録したいとは言わないだろうな」
久しぶりの再会を懐かしむ間もなくギルは自身と同じ……いや、それ以上の巨体を持つワシに問いかけてきた。
「ワシは冒険者の中でも最上級であるS級の資格を持つ男と勝負がしたい。可能なら一番強い奴がいい」
「何を言うのかと思えば……そんなもの無理に決まっているだろう。考えてもみろ、元であっても帝国最強の将軍と戦いたい奴なんていやしない。戦えばどちらも無事では済まんし、S級に何の得があるんだ?」
言われてワシは言葉に詰まった。
今のワシには何の地位もなく、持ち合わせているのは最低限の路銀程度だ。
ギルは呆れ顔でワシを見ながら言葉を続けた。
「まったく、久しぶりに会ったというのに無茶を言いおって」
「長く戦場にいたせいで、そこまで思い至らなかった。戦う資金くらいは残しておくべきだったか」
「資金の問題じゃないぞ。お前は常に戦場の最前線で命のやり取りをしてきたから分からんのだろうが、たかが勝負事で命を賭けるなんて普通じゃない。ましてやお前はもうただの個人なのだからな」
「なら、勝負だけでもいい。命は賭けずに戦えば済む話だろう?」
ギルは深くため息をついた。
ワシは戦えればそれでいいが、相手にとっては迷惑でしかないというわけか。
巨体に豪腕、さらに無敗。挙句の果てには帝国最強の将軍……。
これだけの肩書きにどれほど尾ひれが付いて噂になっているか、ワシ自身は露ほども知らなかった。
「シド。ハッキリ言わせてもらうが、お前と戦うことは命を賭けるに等しい行為になるんだよ。お前がそのつもりはなくてもな」
「なら、相手に有利な条件を与えればいいだろう?」
「それだと、お前がS級の冒険者で一番強い奴を指名してきた意味がなくなるだろうが」
図体のでかい男が二人。
片方はしょんぼりと肩を落とし、片方は呆れ果てているという奇妙な光景がそこにはあった。
しばらく沈黙が続いた後、ギルが思いついたように声を上げた。
「そうだ、いるぞ! 勝負できるかもしれない相手がな」
「頼む! 頼むから教えてくれ! 誰なんだ? どんな強い奴なんだ?」
「それはな……剣聖だ」




