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歴戦将軍の二度目の無双 〜神に未来へ追放され少年になっても問答無用で我が道を行く~  作者: うららぎ


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17話 ワシはレリアを説得する


「何故、お前から血の匂いがする?」


 ワシの問いに、レリアはかつての穏やかさとは真逆な冷ややかな笑みを浮かべた。


「シド君はどうしてそんなにも反抗的な目をするんですか? まるで、あの小屋で目覚めた時のような表情をしていますよ」

「質問に答える気はないのか、と聞いている」


 レリアはワシの言葉を適当に受け流しながら、辺りの様子を執拗に気にしている。

 意識がワシではなく、別の『何か』に向いているのは明白だった。


「あの女がどこへ行ったのか、分かりますか? 急いで戻りましたが、間に合いませんでしたね」

「知らん。ロザリアは勝手に消えてどこかへ行った」

「そうなのですね……。まあ、いいでしょう。今の私であれば、もはや何の憂いもありません」


 もはや隠す様子もなく剥き出しの異形を晒す彼女に、ワシは核心を突きつけた。


「何故だ。いつからお前はその状態(ヴァンパイア)になっていた」


 ワシの指摘にレリアの顔色が一変した。

 だがそれは動揺ではなく、どろりとした感情の決壊だった。


「あら、バレてしまいましたか。……五年ほど前でしょうか。以前、シド君に話したことがありましたね。村が魔物に襲われ、私たち姉妹は助かった……という、話の続きですよ」

「村人の薬草のおかげで完治したのではなかったのか?」


「そうなんです。てっきり私は薬草で完治したのだと思っていました。でも本当は川の水を飲み、妹は完治したのです。私は熱が下がって助かったわけじゃない。人ではなくなったから、『治ったようにみえた』だけなの! シド君に、この悔しさが分かる?」


 ワシは返事をせず、その叫びを黙って受け止める。

 レリアは首元の十字架に鋭い爪を立て、引き千切らんばかりに握り締めながら声を荒らげた。


「私は吸血鬼(ヴァンパイア)となり、魔王様の導きによって手先となった……なるしかなかったんです!」

「何故、魔王に従うのだ。レリア、お前の意志はどこへ行った」

「従わなければ、妹まで人でなくなってしまう! そんなことは、死んでもさせない!」


 ワシは重いため息と共に、目の前が真っ暗になるような重苦しさを覚えながら眼前のレリアを見つめた。

 薄々はそんな気もしていたが、まさか本当に魔王の手先として動かされていたとはな。

 妹を人質同然に取られ、この忌まわしき運命に従う他なかったのだろう。


「……妹を人質に取られ、言いなりになっていたというわけか」


 ワシは吐き捨てるように言った。

 魔王のやり口など昔から知れたものだ。

 弱者の情を突き、泥沼に引きずり込む。

 レリアは、そのあまりに古典的な罠に絡め取られて五年もの間、独りで血の味に耐えてきたのだ。


「仕方ないでしょう!? 他にどうすればよかったというのですか! 聖水を奪えば妹は助かる。そう言われたら、私は世界だって敵に回します!」


 叫ぶレリアの瞳から、一筋の赤い涙がこぼれ落ちる。

 彼女の指先に力がこもり、握りしめた十字架がミシミシと悲鳴を上げた。

 もはや、聖職者としての祈りなどそこにはない。

 そこにあるのは、妹という家族を守りたいという呪いにも似た執念だけだ。


「だから、シド君はロザリアの居場所を教えなさい! そうしないと私は!」

「一つ聞きたい。……なぜワシを拾った。なぜ、わざわざワシにまで噛み付き呪いを分けたのだ」


 ワシは一歩、彼女へと踏み出す。

 ロザリアの言う通りなら、ワシが噛まれたのはレリアの空腹を満たすためではない。

 そこには別の意図があったはずだ。


「それは……シド君が血だらけで。その血を見ていたら……我慢できなくなったからよ!!」


 唐突にレリアは腕を振り上げると、風を切るような音が聞こえた。

 その瞬間、ワシは黒剣で叩き落すように斬りつけて、それを無効化する。


「シド君は悪い子ですね。私は新たな血を得て、この上なく強くなりました。それでもまだ抵抗しようというのですか!」

「さっきも聞いたが、その血の臭い……誰の血か答えろ!」


 動きを止める程度の『威圧』すら、レリアは何の気にもならないように何度も腕を振り下ろして襲い掛かってくる。確かにレリアの力もスピードも格段に上がっているが、動きだけは素人のままで簡単に読めてしまう。


 何度目かの連撃を黒剣の腹で受け流して、ワシは冷静に間合いを測る。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の身体能力は確かに凄まじい。

 振るわれる腕の一撃は岩をも砕く威力を秘めているだろう。

 だが、所詮は力に振り回されているに過ぎない。


「答えぬというなら、力ずくで聞かせてもらうぞ!」


 ワシは一歩踏み込み、レリアの懐へと潜り込む。

 彼女が驚愕に目を見開くのと同時に、ワシは黒剣の柄をその腹部に叩き込んだ。


「うぐっ!」


 レリアの体がくの字に折れて苦悶の声が漏れる。

 しかし、彼女は怯むどころかその瞳をより一層赤く光らせ、ワシの首筋へと鋭い牙を突き立てようと飛びかかってきた。


「シド君、私を怒らせないで。血があればもっと強くなれるの!!」


 もはや言葉による説得の段階ではない。

 ワシは彼女の猛攻を紙一重でかわし続け、その動きの節々に『気』を込めた柄の攻撃を入れていく。

 だが、戦いながらもワシの鼻を突くのは、やはり彼女に染み付いた誰かの血の匂いだった。


「……まさか、その血の臭いは先ほどの冒険者どものものか」


 ワシの声に、レリアの動きが目に見えて強張った。

 一瞬の沈黙。だが、それは肯定を意味する重苦しいものだった。


「……あいつらの血がお前をそうさせているのか」

「そうよ! あの三人は後々邪魔になると思ったから、私がいただいたの。でもね……思ったよりも弱かったわ!」


 レリアは歪んだ笑みを浮かべ、自身の唇を真っ赤な舌でなぞった。

 だが、その瞳は笑っていない。

 むしろ、耐え難い汚物でも飲み込んだかのような、深い自己嫌悪の色が透けて見えた。


 ワシは無言で集中することで改めてレリアを捉え直す。

 魔力は確かに膨れ上がっている。

 だが、その根源にあるはずの生命の鼓動はひどく乱れ、食らったはずの血の恩恵を彼女の体が拒絶しているのが手に取るように分かった。


 冒険者の暁の太陽であるルードル、ジルガン、ホルミ。

 先ほどまで共に巨鬼(トロール)の変異種を相手に戦い、村人を引率するために別れた者たちだ。

 あの連中が、吸血鬼(ヴァンパイア)化したレリアに抗えるはずもない。

 普通に人として接していたらなおさら攻撃を躊躇(ためら)う。それは戦いで致命的な弱点になる。

 ましてや、今の彼女は魔王の手先だ。

 油断した背後を突かれれば一溜まりもなかっただろう。


「嘘が下手だな、レリア」


 ワシは低く、地を這うような声で吐き捨てた。確かに奴らの血の匂いはする。

 だが、レリアからは言うほど濃厚な血の匂いを感じない。

 ワシは黒剣を正眼に構え、冷徹に言い放つ。


「三人を喰ったというなら、何故これほどまでに魔力が空虚なのだ。満たしているのは、血ではなく後悔の味ではないのか?」

「……黙りなさい!」


 レリアが地を蹴り、弾丸のような速度で突っ込んでくる。

 振り下ろされる爪を黒剣の側面で受け、火花を散らす。

 確かに一撃は重い。だが、技術の欠片もないその一撃は受け流すなど造作もないことだ。

 ワシの知覚の前では、止まっているも同然だった。


「聖水を奪い、神殿を焼き、仲間すら食らった大罪人か。ロザリアの依頼通り、ここでお前を斬ってしまえばワシは正義の味方にでもなれるだろうな」


 至近距離でレリアの濁った赤い瞳と視線がぶつかる。

 その瞳の奥で、心が迷い続けて『殺して』と叫んでいるのが見えた気がした。


「だが、ワシは神も竜も魔王の都合も知ったことではない。……それでも、一度ワシが死にかけた時に拾った『命』を、お前の勝手な絶望で汚されるのが一番(しゃく)に障る」


 ワシは全身の『気』を練り上げて濃密な殺意を、逃げ場を塞ぐように彼女の眼前へと一点に収束させた。


「レリアよ、ワシをよく見てみるといい。(まばた)きをするなよ!」


 ワシは一歩前へと踏み込んだ。

 拳も剣も振るわない。

 ただ、かつて数万の軍勢を震え上がらせ『将軍』としての魂を、剥き出しにして彼女の脳髄へ叩きつけた。


「……っ!?」


 激突したのは物理的な質量ではない。

 レリアの視界は漆黒に染まり、全身の感覚が『死』そのものを突きつけられた。

 吸血鬼の呪いによって増幅された彼女の闘争本能が本来は測ることすらできなかった相手の格を認識してしまい、ワシを前にして完全に砕け散ったのだ。


 悲鳴を上げる暇すらなかった。

 魂そのものを直接握り潰されるような圧倒的な重圧に、レリアの意識は一瞬で白濁した。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の再生能力も、魔王が植え付けた支配の呪いもワシが放った絶対的な威圧の前では何の役にも立たない。


 膝から崩れ落ちて糸の切れた人形のようにレリアはその場に沈んだ。

 強引に実力差を思い知った彼女の顔には、もはや吸血鬼の刺々しさはなく息さえ吸うことがままならない苦しみの表情だけが残っている。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の再生能力をもってしても、しばらくは呼吸を整えることすらでないはずだ。

 さすがにここまで明確な力の差を見せたのだから、諦めもつくだろう。


「もう十分理解できただろう?」


 息苦しそうな表情をしたままうなだれると、レリアはようやく声を絞り出した。


「どう……してなの。変異種ですら従える私が……人の理を超えたはずの私が、どうしてただの子供であるはずのシド君にかなわないの?」

「かなうはずがない。ワシは神を倒したのだからな」


 ワシは己の正体をどこまで明かすべきか僅かに思案した。語ったところで誰が信じるというのか。

 神を倒し暴君と呼ばれていたこの魂が、貧弱な子供の器に収まっているなどと。

 だが、子供の体で圧倒的な力の差を示して見せたのだ。

 少しは聞く耳を持つだろう。


 ワシは覚悟を決め、包み隠さぬ事実を語ることにした。


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