15話 ワシはロザリアに依頼される
ワシは黒剣を構えたまま、ロザリアを真っ直ぐに見据えた。
「それで変異種を斬った。次はロザリア、お前ごと斬ってやる」
「妙な話じゃないか。呼び出した本人が斬る、か……なるほど。そういうことさね」
ロザリアから流れ出た血は、まるで意志を持つかのように広がり半円を描いてワシらを包み込んだ。
ジリジリと何かが焼ける音が響くと血と共に地面に沈み込み、ゆっくりと地中を溶かしながら下降していく。
「ワシは逃げん。そんな小細工は不要だぞ」
「邪魔されるのが嫌なのさ」
しばらく落下するかのような感覚が続いていく。
見上げれば月明かりがぼんやりと入り込んで明るく見える。
地獄の底に向かうかのような気分だが、これから起こるであろう戦いを思うとワシの口角は自然と吊り上がった。
「どこまで落ちれば気が済む。続きをやるぞ!」
ワシの言葉に反応したかのように、下降が止まった。
足元では沸騰して煮えたぎる赤い血が音を立てている。
ロザリアは何かを確認するように、ワシを凝視していた。
「……やはりそうか。困ったねぇ」
「困ることなど何もない。続きだ」
ロザリアはワシの首筋に巻かれた包帯をじっと見つめる。
そして、その場所を示すように自らの首をトントンと指差して見せた。
「お前、首を噛まれているだろう。だが、お前は人間だ」
「それがどうしたというのだ」
「そうじゃない。私が勘違いをしていたよ。すまないね、戦う理由がなくなってしまったよ」
ロザリアが素直に頭を下げたことで、納得のいかぬワシは声を張り上げて抗議した。
「勘違いだからどうした! 戦火とは、些細な誤解から燃え上がるものだ。理由などどうでもいい、戦いを避ける必要などいらん!」
「本当なら戦いたいさ。こんなに心躍ることはそうあるもんじゃない。だが、用があるのはあっちの女の方みたいだね」
ロザリアから感じる圧倒的な力に変わりはない。
だが、目の前の強者が戦いを放棄することが、ワシにはどうしても納得できなかった。
さらに、彼女の殺意がレリアへと移ったのを感じてワシの胸に焦燥が走る。
「何を言っている? 話がさっぱり分からん。何故レリアなのだ」
「簡単な話さね。その女と一緒にいたお前を手下だと、私が勘違いをしてしまったのさ。あの女は、氷竜、嵐竜、地竜の神殿を破壊して聖水を奪って逃げた。炎竜の神殿は、たまたま私がいたから無事だったんだよ」
「……だが、レリアという確証もないだろう」
「あるさ。ちゃんと奴ら特有の気配を感じたんだからね。お前なら、薄々分かるはずだろう?」
ワシはうなだれ、苦しげに声を絞り出した。
「ワシが……噛まれていたからか」
奥歯がみしりと鳴るほど強い力で口を閉ざした。
自分の体に刻まれた数々の傷痕が、その可能性を思考から除外してしまっていた。
首元の痛みはとっくに癒えたはずなのに、今もまだじんわりとした違和感が残っている。
「そうさ、もう分かっているだろう。血を吸われたら、それはもう人間じゃない。聞いたことくらいはあるだろう?」
「……吸血鬼か。話には聞いたことがある。日の光を嫌い、神聖な物に弱いと」
首元から流れ込んでくる不可解な魔力を抑えながら、目を逸らし続けてきた事実を認識する。
毒のようなものが体内を巡る感覚は、目を覚ました時から確かにあった。
だが、それが単なる毒ではないことも分かっていたのだ。
噛むことで魔力を注入し、感染症状を引き起こす……。
倒れていたワシを発見したのは……。
「だが、お前は確かに人間だ。微かにお前からも感じるのはどうしてだい?」
「しぶとく残っているが、そのうちワシの『気』で消え去るだろう」
ロザリアからは、もはや戦う意志を感じられなかった。
ワシが戦闘態勢を解かずにいても、彼女は意に介す様子もない。
「お前との戦いは楽しかったが、私はあの女を殺さねばならない。四竜を祀る神殿を破壊し、聖水まで奪われたんだ。無事で済むと思うのかい?」
「……そうか。お前は、あの四竜だったのか。その苛烈な炎……炎竜イルグス」
世界を守護し、あらゆる災厄を退けるために存在すると伝えられる四体の古竜。
その巨大な力によって均衡が保たれているおかげで、この世界は成り立っているという。
納得はしたが、このままだとレリアが殺されるという焦燥がワシを急き立てる。
「ほう、その名を知っているのかい。人間は噂程度にしか思っていないだろうにね」
「噂だと思っていたが、ワシは神がいるのを知っている。四竜がいない訳がない。それにしても、人に化けるとはな」
「人の姿の方が身軽でね。竜の姿は目立つのだよ」
「そうだな。炎竜が空を飛んでいたら、ワシが斬り落としに行っていたかもしれん」
空気が重く沈み、息が詰まる。
周囲の時間が凍りつくような一瞬、強烈な悪寒が背筋を駆け上がった。
本能が危機を告げるより早く、ワシは黒剣を首元に構えていた。
だが、衝撃は訪れなかった。
「言っただろう、お前と戦う理由はないってね。神か……そうさね、お前に依頼しようか」
「依頼だと? 一体、何をだ」
「……あの女を、殺してくるんだ」




