14話 ワシはロザリアと対峙する
ワシは軽く息を吐き、呼吸を整えた。
「知らぬと言ったところで、か」
「白々しい。今更さね」
わだかまりが無いほうが、お互い気兼ねなく戦えると思ったのだが……。
ワシはレリアを横目で見た。明らかに怯えているのが伝わってくる。
「分かった。すまんが少しだけ待て」
「ふぅむ……何を考えているのかは知らんが、待ってやるさね」
ワシはレリアを立ち上がらせると、短く言い放った。
「レリア、お前がいると邪魔だ。下の村で待っていろ」
「え? 邪魔って、まさか……」
ワシは黒剣の側面をレリアの腹に当てがい、村を目掛けて思い切り投げ飛ばしてやった。
「もういやぁぁぁ~~~~っ!」
遠ざかる悲鳴と共にレリアが見えなくなるのを見届けると、ワシは視線をロザリアに戻した。
「待たせたな。用事は済んだ」
「何だいそりゃ。仲間割れかい? どちらにしても逃がさないよ」
「逃げるつもりはない。だが、お前は人間なのか? いや、どちらでも関係ないな。目の前に強者がいる、それだけで十分だ!」
ワシは喉の奥で楽しそうに笑う。
だが、ロザリアはそんなワシの様子が不満なようで、吐き捨てるように答えた。
「強者かい……子供のお前ごときが測れるものじゃないよ。気の毒だが、私から見ればお前は羽虫だ。勇気は買うが勝負にすらならない。そして、お前が倒れれば……あっちの羽虫も死ぬ!」
その瞬間、ワシは間合いを詰めた。
黒剣による鋭い連撃を繰り出すが、ロザリアはそれを冷静に受け流す。
ワシの一撃が空を裂くたびに、彼女は人差し指一本で舞うかのように攻撃を軽々と弾き返してくる。
反撃の隙すら与えぬ連撃で畳みかけるが……。
「いい速さだね」
ロザリアが静かに呟く。
見るからに退屈そうな眠気を孕んだ言葉だった。
ワシの激しい連撃を人差し指一本で往なされ続け、攻撃が当たる気配すら見えない。ワシは一瞬の隙を見て、ロザリアから距離を取った。
「良くやったほうじゃないかい?」
挑発するように言うロザリアに、ワシは表情を変えず応じる。
「気が早いヤツは、戦場では早死にするぞ」
ワシの言葉が終わる直前にロザリアが攻撃を受けていた人差し指の爪に微細なヒビが走り、そのまま砕け散った。小さな破片が宙を舞い、余裕たっぷりだった彼女の表情がわずかに変化する。
「少し加減を間違えたかもしれないね」
「ならば、試してみろ!」
距離を取ろうとするロザリアを、ワシは見逃さない。
即座に肉薄して振り下ろした黒剣が彼女に届く寸前、再び砕けたはずの爪に防がれた。
「意外だったかい? たかだか爪だ。いくらでも生えてくるさね!」
ワシの黒剣は弾き飛ばされ、二人の距離が再び開く。
「離れていいのかい。私が攻撃してしまうよ」
「構わん。お前の攻撃は火を投げるだけなのか?」
ロザリアは不敵に笑いながら、掌に巨大な火球を練り上げた。
それをワシの頭上へ放つと、火球は空中で破裂し無数の火の粒が雨のように降り注いできた。
「また面倒な真似を。仕方ない」
ワシは無意識につぶやいて、一歩前へ地を蹴ってロザリアとの距離を詰めた。
彼女の表情に、ほんの少しの驚きが混じる。
「やけに速いじゃないか」
「面倒な攻撃をしてくるからだ。全部返してやる」
ロザリアが動く前にワシは黒剣を振り抜くため、限界まで体をひねって『気』の溜めを作った。
「螺閃!」
弾かれるように綺麗な弧を描き、ワシの黒剣が斜め上へと斬り上げる。
ロザリアの防御は間に合わず、斬撃が硬い音を鳴らして彼女の体を捉えた。
「ふぅむ、いい攻撃だけど無駄だよ」
だが黒剣は止まることを知らず、勢いを増す。
斬り上げと共に『気』を開放して生じた烈風が、ロザリアを上空へと舞い上げた。
そして、ワシめがけて降っていた火の粒ごと巻き込み、彼女へと直撃させる。
無数の火の粒が爆発してロザリアを包み込んだ。
爆炎の中から人影が揺らめいたかと思うと、何事もなかったかのようにふわりと着地する。
「アレを食らって無傷か。頑丈だな」
ワシは笑いながらロザリアに言った。
「自分の攻撃で自滅なんて格好悪いったらないね。にしても、解せないね」
「何が解せない」
「お前は神殿を襲撃して、聖水を確保させないよう命令を受けたのだろう?」
彼女は話し続けながら、指先から火の玉を連続で放ってくる。
ワシはその全てを黒剣で断ち斬った。
「ワシは退役した。いまさら、誰の命令など受けるというのだ」
「なにやら話が噛み合わないねぇ。じゃあ、手っ取り早く聞くとしよう。誰から命令を受けて神殿を襲った?」
ロザリアがワシと同じように、一瞬で目の前に迫る。
彼女はワシの放った黒剣を掴み取ると、ワシごと振り回して岩場に投げ飛ばした。
剣を離さず抵抗もできぬままワシは岩に激突し、膝をついて呻いた。
「ぐっ、何て馬鹿力だ……」
追撃の手を緩めぬロザリアが、ワシを踏み潰そうと足を振り下ろす。
寸前で回避したが、周囲の地面は無残に陥没した。
「ほら、まだ終わっていないよ」
回避するワシを逃さず、ロザリアは再度踏みつけに来る。
今度は避ける間もなく黒剣で支えて防いだが、その力は凄まじい。
気を抜けばいつ圧し潰されてもおかしくない。
「これでは弱いものいじめさね。答えたら解放してあげるよ」
「ぐっ、ワシは……誰の命令も受けん!」
渾身の『気』を込めて押し返すと、ワシは言い放った。
「やはり、この身体で力勝負は無謀か」
「完治していないのだろう? それで勝負になど……」
ロザリアが言い終える前に突如、手を前に突き出した。
脳裏をよぎった嫌な予感が、彼女にその行動をさせたのだ。
ワシとの間には十分な距離があったはずだが、何かが来ると彼女は感じてしまったのだ。
「……どうなっているさね」
防ぐために突き出されたロザリアの手が、中央で裂けている。
手からは血が流れ落ち、地面に血だまりを作っていた。




