13話 ワシは村の救世主に会った
ワシとレリアは来た道を少し戻るようにして、再びあの鱗を埋めた山へと向かった。
岩が激突した辺りを指さして、レリアがワシに尋ねてくる。
先ほどとは違い夜の暗闇に沈んだ山は、月明かりを頼りに辛うじて場所が判別できる程度だ。
「大岩が当たったのは、あの周辺ですか?」
レリアの放つ『光球』の光では、足元を照らすのが精一杯で遠くの斜面までを見通すことはできない。
ワシも目を凝らしてみたが、詳細な状況までは確認できなかった。
「削れているようには見えんが……はっきりとは分からんな」
「砕けた岩が崩れ落ちた割には、地形が変わったようには見えませんね」
あの鱗に退魔の効果はあっても、岩の質量そのものを防ぐ力はないはずだ。それとも、ホルミが使っていた『魔法盾』と同じような干渉でも起きているのか。
「まあ、いずれにしても現場を見てみんことには始まらん」
「そうですね。まずは確認してみましょう」
流れる川を辿りながら、夜の山を歩く。
澄みきった川の水には白銀のような微かな輝きがワシの目に映っていた。
落石のせいか足場は少し悪くなっているが、しばらく進むとようやく湧き水の場所まで辿りついた。
「ふぅ。とりあえず、戻ってこられましたね」
「付き合わせて済まんな。……おそらく、この辺りのはずだが」
「気にしないでください。シド君を一人で行かせるのは心配ですから」
目をやれば、鱗は変わらずそこに埋まっていた。
普通に考えれば、あの大岩の直撃を受けて無事で済むはずがないのだが……。
その時、静まり返った闇の奥からよく通る声が響いてきた。
「気になって来てみれば村は襲われ、挙句に羽虫まで沸いているのかい」
声のした方角を見るとそこには、真紅のローブを纏った一人の女が立っていた。
目を奪われるほどの美女だ。
だが、彼女を視認した瞬間、周囲の空気が一変したかのような錯覚に襲われた。
脳が強烈な違和感を訴えるが、目の前の存在が放つ圧倒的な存在の違いが余計な思考を許さない。
炎のように揺らめく赤髪は、夜空に燃え盛る焔の如き輝きを放っている。
だが、何より目を引いたのはその瞳だ。
赤い宝石のような瞳は、人の心を見透かすように鋭く光り白磁のような肌は月光を弾いて透き通っている。整いすぎたその顔立ちは、およそ人間離れした美を思わせた。
美しさの中に秘められた苛烈なまでの強さ。
彼女が一歩踏み出すごとに、世界そのものが塗り替えられていくような絶大な存在感を漂わせている。
あまりの威圧感にレリアは一歩後ずさると、ワシの背後に隠れてその場に座り込んでしまった。
ワシの肩に置かれた彼女の手が、小刻みに震えているのが伝わってくる。
「……どうしてお前のような奴がここにいる?」
「そんなに不思議なことかい? せっかく助けてやった村が滅びそうになったんだ。何が起きたのか気になるのが普通さね」
その言葉を聞いた瞬間、ワシはレリアが語っていた話を思い出していた。
村に救世主の名を付けた、というあの逸話を。
「そうか、お前のことだったのか……ロザリア!」
「おや? 私を知っているのかい。なら自己紹介は不要だね」
ロザリアがゆっくりと距離を詰めてくる。
その一歩一歩が放つ圧倒的な存在感に、ワシの全身が逃げ出したいと悲鳴を上げるように震え出した。
本能からくる強制的な恐怖が戦意までも奪おうとするが踏みとどまる。
その恐怖の先にある強烈な期待感が、ワシの魂を燃やし奮い立たせる。
それを感じ取ったのか、レリアが勇気を振り絞るように声を上げた。
「わ、私とシド君は、ここに埋めた鱗を確認しに来ました! ロザリアさんは、どうしてここに?」
「聞いていなかったのかい? 村が気になって戻ってきた……それと」
「それと……?」
「羽虫は退治しておかないと、気になって眠れなくなるだろう?」
ロザリアが指先に小さな炎を宿すと、フッと息を吹きかけた。
蹴り飛ばした小石でも投げるかのような無造作な動作で、炎がワシに向かって放たれる。
ワシはそれを斬ることをせずに黒剣の側面で受け止めた。
ズシリとした重さに押されるが瞬時に肩を剣の腹に当てて支えを作ると、滑らせるように炎を側方へと受け流した。
逸れた炎が隣の山を直撃した瞬間、爆炎が夜空を焦がし文字通り山一つが消えてしまった。
信じがたい規格外の火力に、ワシもレリアもその光景に言葉を失った。
「ふぅむ。最近あまり動かなかったせいか、腕が鈍ったかね」
「……何故、ワシたちを攻撃する」
ワシは真意を問うように聞いたが、ロザリアの返答は淡々としたものだった。
「羽虫に理由を答える必要があるのかい?」
「……ないのならば、答えなくていい。お前はここでワシに倒されるのだからな」
「そんな満身創痍の、ただの子供がかい? あっはっは!」
ワシは左腕の包帯を解き、添え木を投げ捨てると黒剣を正眼に構えた。
それでも、ロザリアの嘲笑は止まらない。
「ワシは子供ではない。それに腕なら今、完治した」
「……まさか、女子供が神殿を襲ったというのは、この私でも考えつかなかったよ」
ロザリアの瞳がワシとレリアを射抜き、体が金縛りにあったように動かなくなった。
ワシの使う威圧に近いが、こちらを拘束しているのはもっと根源的で圧倒的な『何か』だ。
その時、ロザリアの背後から巨大な影が覆い被さり、一瞬周囲が暗くなった。
「ほう、逃走した巨鬼かい。確か……赤い色をしていたかねぇ」
言い終わるとすぐにロザリアの体は巨鬼の変異種に鷲掴みにされていた。
圧倒的な体格差の前では抗う術もないように見える。
身動き一つできぬその姿は、傍目には手詰まりに思えた。
「……仕方ない。助けてやるから待っていろ」
ワシが渋々といった体で口にすると、ロザリアは深く溜息をついた。
「私を助けるだと? ……誰に向かって物を言っているんだい」
ロザリアを掴んでいた巨鬼の手が、突如として内側から発火した炎によって焼け落ちる。
ひらりと着地したロザリアは、何事もなかったかのように言い放った。
「さて、世界を守護する竜の神殿を汚す羽虫を、ここで焼き尽くすとしようじゃないか!」
巨鬼の焼けた手から炎は伝わると瞬く間に胴体へと燃え広がり、巨体は灰となって消え失せた。
ロザリアの周囲から立ち昇る炎は、先ほどよりも一層激しく荒れ狂うように燃え上がっていた。




