12話 ワシは大災厄の話を聞いた
ホルミは周囲を警戒し、誰にも聞かれていないことを改めて確認した。
「まさか、大昔の魔王が復活だなんて話が漏れたら大騒ぎになります。ですから、この話はここだけということにしておいてください」
「その魔王とやらは強いのか?」
「理すら歪める化け物ですよ。……強い、などという言葉では済まされません。その上で卑怯で狡猾です。まあ、文献に書かれている内容しか分かりませんが。事実、人類は百年もの間、辛酸をなめ続けたのです」
「卑怯、狡猾、結構なことだ。理すら歪めるか、期待できそうだな」
「まったく、冗談はやめてください! 現時点ではあくまでその可能性が高い、とだけ伝えておきます。もし本当に復活しているのなら、聖水をかき集めて大陸中の全種族が力を合わせて戦わなければ、勝ち目はありませんよ」
「魔王に効果があるから聖水が必要……か」
「はい。聖水なくして魔王に勝つことはできないでしょう」
ジルガンも周囲を気にしながら、重々しく口を開く。
「変異種だけでもヤバイってのによ、魔王なんて勝てる気がしねえな」
「それに関しては私も同意見です。ですから、私の考え過ぎであってほしいのですが……」
ホルミの考え過ぎのようにも見えるが……。
現状を鑑みるに、魔王にとって都合のいい状況が整いすぎているのは間違いない。
だからこそ、ホルミは最悪の事態を想定しているのだろう。
「復活していたとしても、どこにいるのか分からんのではな……」
ワシが残念そうにこぼすと、レリアが驚いたようにこちらを見た。
「ま、まさか探そうと考えているのですか、シド君!?」
「いや、ワシが探して見つかるくらいなら、とっくに見つかっているだろう。気にはなるが、わざわざ探し回るほどじゃない」
そうこうしているうちに、ルードルが村人たちを連れて戻ってきた。
最低限の家財を持ち、荷台を引いている者もいる。
大所帯となるがこれ以上この場所に留まるのは危険だ。仕方のない判断だろう。
村長が前に出ると、村人たちに向けて呼びかけた。
「村の皆よ、聞いてほしい。連日続く魔物の襲撃で、とうとう村の存続すら危うい状況になってしまった。家の中にいても、外から響く凄まじい音で戦いの激しさを感じただろう。我々の力だけではもうどうにもならんのだ。二十年前、この村を救ってくれたロザリア様に顔向けできんが……今は村を捨て、安全な町へ逃れるほかない。『暁の太陽』に護衛をお願いした、共にエルナザムの町へ向かおう」
村人たちは静かに頷き、住み慣れた土地を捨てる決意をした。
長年暮らした村を離れるのが容易なはずはない。
その反応を汲み取ったのか、ルードルが言葉を継ぐ。
「事前に村長が準備を促してくれていたおかげで、すぐに出発できる。それじゃ、皆さん。一緒に南西にあるエルナザムの町へ移動しましょう」
そして、ルードルはワシとレリアに視線を向けた。
「レリアとシドも、一緒に来るかい?」
レリアは申し訳なさそうな表情で首を振った。
「西の方角にあるサンブロスの町に向かいたいので、私はここでお別れになります。シド君はどうしますか?」
「そうだな。ワシもレリアに付いて行こう」
ワシの返事を聞き、ルードルは力強く頷いた。
「それじゃ、ここでお別れだ。またどこかで会おう」
「世話になったな。また会おうぜ」
「旅のご無事をお祈りいたします。……また、お会いしましょう」
三人はワシらに別れを告げ、エルナザムの町に向けて歩み出した。
村人たちもその後に続く。
俯きながらも足を止めずに進むその背中を、レリアはじっと見送っていた。
村を去る彼らの中に、一際落ち着きなく振り返るガキの姿があった。バルだ。
「師匠! 本当に行っちゃうのかよ!」
バルが堪らずといった風に隊列を抜け出し、ワシの元へ駆け寄ってきた。
その目はうっすらと涙で潤んでいる。
「師匠はやめろと言っただろう。……いいか、バル。一度でも葉を捉えたあの感覚を忘れるな。腕の力ではなく、体の中を通る線を意識しろ。迷えば剣は鈍る。自分を疑うな」
「うん。体の中の、線……」
「そうだ。町へ着いても、毎日千回は剣を振れ。次に会う時までに、百枚の葉を斬れるようになっていなければ破門だぞ」
「百枚!? ……分かった、やってやるよ! オレ、絶対に強くなって、今度は師匠を驚かせてやるんだからな!」
バルは鼻を啜りながら今度こそ前を向いて走り去っていった。
その小さな背中が村人たちの列に飲み込まれていく。
「ふふっ、随分と厳しい宿題を出しましたね。シド先生?」
「……ただの暇つぶしだ。それより、いつまで見送っている。お前もサンブロスに行くのだろう」
「分かっていますよ。でも、あんなに慕われて……シド君、意外と面倒見が良いのですね」
「勘違いするな。ワシはただ、見込みのある芽を腐らせるのは性に合わんだけだ」
ワシが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、レリアは「はいはい、そういうことにしておきます」と楽しげに笑い、ようやく歩き出した。
俯きながらも足を止めずに進む村人たちの背中を、レリアはじっと見送っていた。
その瞳には、彼らの無事を祈るような静かな決意が宿っているように見えた。
◇
「さて、私たちも出発しましょうか」
レリアがそう言うと、暗くなった村を照らすために『光球』を唱えた。
それを見て、ワシは感心したように呟く。
「やはり魔法というのは便利なものだな」
「生活レベルの魔法ですけどね。戦いとなると、ホルミさんのようにはいきません」
「ワシには魔力がない。だから、そうやって魔法を当然のように使えることには、少しばかり憧れる」
「それでも、シド君にはあの変異種を圧倒する力があります。悲観することはありませんよ」
レリアが元気付けるようにワシを励ましてくる。
「……はぁ。別に悲観している訳じゃない。魔力がない者が魔法を使えぬのは道理だ。ワシは魔力を選ばなかった。それだけだ」
「……でも、おかしいですね。魔力がないと剣技も使えないはずなのですが」
ワシはレリアの歩調に合わせるように歩き出した。
彼女も先を急ごうとはせず、隣を並んで歩く。
「ワシの技は『気』を用いたものだからな。むしろ魔力があれば枷になる。……そうか、今は剣技を使うだけでも魔力が必要なのか」
「生きとし生ける物には魔力が宿っています。魔力とは、言わば万物を構成する元素そのものです。ですから、技や魔法は魔力を必要とします。使い切れば魔力酔いにはなりますが、命まで落とすことはありませんし……」
「それは知っている。ワシがかつて聞いた魔法の理とは、自らの魔力を薪とし、詠唱を引き金にそれを燃焼させるものだった。だから魔力の適性がなければ魔法は使えぬ、とな」
「魔力を例えているのですね。つまり、技も同じだと。でも……それは初めて聞きました。だけど、そう考えると魔法が使えない人の説明がつきますね」
ワシは不意に足を止めると、隣のレリアに言った。
「レリア。ここまで歩いておいて何だが、一度あの鱗を埋めた山に向かいたい」
「何か、気になることでもありましたか?」
「念のためだ。さっきの戦闘で飛んできた大岩が、鱗を埋め直した辺りだったからな。鱗が無事かどうかこの目で確かめておきたい」




