11話 ワシは面倒だから素材を譲る
レリアは申し訳無さそうな顔をして言う。
「ごめんなさい、シド君。私はてっきり、通りすがりの誰かが倒したのかとばかり……」
「別にいい。逆の立場ならワシもそう思っていただろうよ」
実際、この縮んだ体を見れば無理もない。
リーダーのルードルが、改めてワシに向かって頭を下げた。
「村長から話は聞いていたが、正直半信半疑だったんだ。この変異種も倒してくれてありがとう!」
だが、ジルガンだけは納得がいかないらしく、ルードルを跳ね除けてワシに詰め寄ってきた。顔を真っ赤にさせ、今にも爆発しそうな勢いである。
「おい! ルードルが斬った場所を狙ったから倒せただけだろ! こんな怪我してるガキにできる芸当じゃねえんだよ!」
「どこだろうと斬れた。ワシが怪我をしていようが関係ないだろう」
「じゃあ、なんで傷ができた場所を狙ったんだよ!」
「はぁ……あのな、戦いならば相手の弱点を突くのが定石だ。お前は命がかかっていても弱点を無視するのか?」
「んだと、この野郎!」
今に噛みつかんばかりに吠えるジルガンの肩に、ホルミが静かに手を置いた。
「落ち着いてください、ジルガン。……あなたはもう、十分に分かっているのでしょう?」
「納得がよ……納得ができなかったんだよ。悪かったな、シド」
ワシのような小僧に対して大男のジルガンが不器用に頭を下げた。
その姿がかつての自分自身の記憶と重なり、少しばかり懐かしい気分になる。
「気にするな、そんな時もある」
さて、目の前には先ほどと同じく、無残に両断された巨鬼の死体がある。正直、放置しておくと面倒なことになりそうなので、ワシはレリアに尋ねた。
「それで、コレはどうするつもりだ?」
「それは、その……この場合は、半分ずつになるのでしょうか?」
レリアが伺うようにルードルを見たが、彼は首を横に振った。
「残念だが、俺たちは何もできなかった。全部シドのものだよ」
ルードルは悔しそうに唇を噛んだが、当のワシは露骨に嫌そうな顔をした。
レリアの時は成り行きで手伝ったが解体などという作業は専門外だ。
必要がなければやりたくはない。もう既に一度やっているのだ、それだけでもう十分だろう。
「面倒だ。お前たちで持っていけ」
「いや、そんなのはダメだ! 討伐した者に正当な権利がある。シドが受け取らないと!」
「ならば言い方を変えてやろう。お前たちに全て任せる。討伐した者の権利だ、いいな?」
ワシの物言いに、ルードルは面食らったように仲間たちを見た。
ジルガンとホルミも棚ぼたの幸運を否定するつもりはないらしく、小さく頷いている。
「分かった。厚意に感謝するよ、ありがとう。後の処理は任せてくれ」
『暁の太陽』の三人はすぐに動き出し、村人たちに避難の準備を促すべく説得を始めた。
ホルミが光球を放ち、闇に包まれていた一帯を明るく照らし出す。
その光の下で、巨大な巨鬼の変異種は手際よく解体されていった。
◇
「ったくよ! デカすぎんだろ、解体にこんな手間かかったのは初めてじゃねーか?」
「私たちの道具袋では、ある程度の大きさにしないと入りませんからね。ですが、これほど貴重な素材なら労力に見合う以上の価値があるのは確かですよ」
ジルガンとホルミが作業を進める間、ルードルは村の移動準備の確認に回っていて出発まではまだ時間がかかりそうだ。
話を聞く限り、変異種の素材というのはかなりの希少品らしい。
だというのに、この短期間に同じ場所で二体も現れるというのは、明らかに異常事態だ。
ワシは確認のため、レリアに声をかけた。
「あの変異種……そう数は多くないのだろう? 立て続けに出現した理由は何だと思う?」
「シド君の言う通り、変異種は滅多に現れるものではありません。この場所に続けて現れた理由ですか……うーん」
首を傾げているレリアでは、答えは出そうにないな。
すると、近くにいたホルミが会話に加わってきた。
「申し訳ありません、聞こえてしまいました。ですが、シドの疑問はごもっともです。この変異種の狙いに絞って言えば、おそらく『聖水』が原因でしょう」
その言葉を聞いた瞬間、レリアの肩が震えた。
魔物が聖水を求めているのなら、あの山の爆発も辻褄が合う。
魔物を寄せ付けないために引かれた川。
その源泉に眠る鱗が放つ聖水の成分……おそらく退魔の力こそが、変異種を呼び寄せたのだろうか。
「聖水を求めているというのは分かった。だが、それが変異種と何の関係がある?」
「ここだけの話にしておいていただきたいのですが……」
ワシとレリアは顔を見合わせ、黙って頷いた。
それを確認してホルミは声を潜めて続けた。
「現在、各地方の神殿……それも聖水を管理している神殿が、変異種によって次々と壊滅させられています。大陸の四神殿についてはご存知ですね?」
「いや、ワシは知らんな」
ワシの答えに頷くと、ホルミは話を続ける。
「四神殿は、大陸の北に氷、南に炎、東に風、西に地の属性を司る竜が祀られています。その竜たちが世界を守っていると言い伝えられていますが……実際に見た者はいないようです。もちろん、この私もその竜たちを見たことがありません」
「神がいるんだ。その竜とやらも、どこかにはいるだろう。ワシも話で聞いたことがある程度だ」
「私は信心深い方ではありませんが、神の存在は否定しませんよ。……それでですね、神殿内部の噴水からは厳重に管理された聖水が湧き出ているのですが、その神殿が次々と巨鬼の変異種に破壊されてしまったのです」
「奴らの目的が聖水だと言いたいわけか」
「そうですね、変異種の目的は聖水なのでしょう。神殿に関しては、大陸南側の炎竜イルグスの神殿だけが唯一無事に残っています。変異種は倒されて被害は最小限で済んだとか。他の神殿を破壊した変異種は、そのまま逃走したそうです」
「ここで倒した奴が逃げた個体かは分からんが、現れるなら倒せばいいだけの話だ」
「……まったく、簡単に言ってくれますね。我々がまともにやり合うならば、少なくともAランク冒険者が十人は欲しい相手ですよ。そして、ここからが本題なのですが……」
ホルミは一旦言葉を切ると、吐息が聞こえるほどに声を落とした。
「この巨鬼の変異種が初めて出現したのは、はるか昔の神魔暦が始まってすぐの時期……そして、『大災厄』の出現と同時期だったのです。その大災厄とは百年もの間、人間を苦しめ続けた『魔王ルーファス』の存在です」




