出発の時
私は広場の屋台の間を、静かな足取りで歩いていた。
人々は、まだ私にはよく分からないものを売っていた。
奇妙な木製の道具、肌や服を染める染料、変わった形のパン、そして…調理された昆虫のようなものまで。
何人かが、私の服装やまだ迷っているような表情を見てか、じっとこちらを見ていた。
でも私は、まるで何もかも分かっているかのように微笑んだ。
――自信を持って振る舞えば、誰も深く詮索してこない。
そう学んだのだ。
ベルヴァリヤの正門に着くと、いつも見かける二人の衛兵がいた。
一人は頬に傷のある年配の男性で、私に軽く頭を下げた。
もう一人は若くて、短く微笑んでくれた。
「出かけるのか、嬢ちゃん?」
若い方が聞いてきた。
「はい。ただ…その先に何があるのか見たくて」
私はそう答えた。胃の奥が少し震えていたけど、それを隠して笑った。
「気をつけるんだな。道は今のところ平和だが…油断するなよ」
年配の方が、槍に体を預けながら言った。
「気をつけます」
そう返して、私は二人に背を向けて歩き出した。
道はしっかりと踏み固められた土の小道だった。
両側には、自然が自由に広がっていく。
鮮やかな色の植物。飾りのように実を垂らす茂った木々。
触れるのも、もちろん食べるのも、私は遠慮した。
この世界には、どこに罠が潜んでいるか分からないと、もう理解していたから。
深呼吸した。
この空気は…私の知っているものとは違った。
煙の匂いも、コンクリートの臭いも、車の排気もない。
何もかもが、あの都市の記憶から遠かった。
ただ――清らかだった。
まるで、一呼吸ごとに、心の靄が少しずつ晴れていくような感覚。
足は自然に動いていた。もう歩くことには慣れていた。
この世界に来てから、長距離を歩くのは日常だったし、
生き延びるためには、じっとしているだけじゃ駄目だって分かっていた。
けれど、今回は違った。
急ぎの依頼でもなければ、魔物から逃げているわけでもない。
ただ――歩いていた。
この世界で目覚めてから、初めてだった。
「恐怖」が心を喰い尽くしていないと感じたのは。
きっと、それは――もう血を流して、戦って、勝ってきたから。
あるいは、私をここに連れてきた「何か」が、まだ私に用があると感じたから。
行き先は分からない。けれど、道を進むことが、立ち止まるよりずっと大切だと分かっていた。
そして、もしかしたら――
ただの「生存」以上の何かが、あの先に待っている気がした。
まだ始まっていない物語が、そこにあるのかもしれない。




