26 参道にて
「この参道は、姫様とも何度も歩きました」
布が垂れた笠をかぶった松緒は、隣にいる東宮を案内していた。
「寺で何日か参籠する前は、少し歩きもしましたが、寄り道はほとんどなかったように思います」
「他に思い出すことはあるか」
「……そうでした。参道を外れたところに荒れた邸があって、幼いころに探検と称して入り込んだことがあります。後でばれて、こっぴどく叱られてしまいましたが」
「では、そこへ連れていってくれ」
「わかりました。……ではこちらへ」
松緒が徒歩なので、東宮も徒歩である。高貴な身分の者は馬などを使うだろうが、東宮は頓着していないようだった。
――そんな人だから、東宮らしくなく犯罪事件に自ら首を突っ込むような真似をしているのでしょうけれど。
どちらにしろ、東宮はかぐや姫を疑っているため、松緒の敵である。敵ではあるが、松緒よりいろいろ知っていることも多いので、彼についていけば、かぐや姫の行方もわかるはず。呉越同舟の仲というもので、利害関係が一致しているから協力しているに過ぎない。
――私が思うに、怪しいのはあの子。あの子が姫様を巻き込んだ……。
思い出すたびに腹立たしくなる「あの子」だ。
松緒が遠ざけられた後、一番かぐや姫の傍らにいた新入りの女房。
『傍らに、片腕となる者がいたはずだ』
東宮に指摘されて、はっと思い出した女房がいた。名は「あずま」。東国の出なのでそう呼ばれていた。新入りだったが、松緒より年上で、背がすらりと高く……。
彼女が来るようになってから、松緒はそれとなくかぐや姫から遠ざけられるようになっていったのだ。
だが、理由もわからないが、彼女は突然辞めてしまった。かぐや姫の出仕が決まった後のことだ。
かぐや姫自身の出奔より前の出来事だったから、今まで気に留めていなかった(嫉妬心でおかしくなりそうだったので考えなかったということでもあるが)。しかし、彼女が怪しいと言われたらそう見えてくるもので。
「さすがに何の手掛かりもない、か……」
辿り着いた廃屋の周辺を歩きながら、東宮はそう結論付けた。
辺りには人気もなく、鬱蒼と茂った背の高い草と、崩れかけた廃屋があるだけだった。
「かぐや姫は滅多に外出しなかったし、外部の者と接触できるとすれば、寺社参詣の時しか考えられないのだが」
「姫様は、寺社参詣がきっかけで巻き込まれたのかもしれないのですね……」
東宮が、もの言いたげにこちらを見て来たが、松緒は気にしないようにしている。
「ひどいではありませんか。姫様はとても信仰熱心でいらっしゃいましたのに。参籠の時は、いついかなる者も寄せ付けないで、ずっと祈願なさっておいででした」
「いついかなる者も? それはあなたも?」
「そうですよ? 姫様ご自身で出てくるまでは、私たち女房は近づけませんでした」
「なるほど。その時に接触できたのか」
「違います。私たちはすぐお傍に控えていましたし」
「だが、あなたはその間、姫君の姿を見ていないのだろう。参籠の室の仕切りでは、やりようはいくらでもある。それこそ参籠の間、『身代わり』を立てることもできただろう」
「東宮様は、どうしても姫様を悪人にされたいご様子ですね」
松緒はここぞとばかりに例の文を見せた。庚申明けの朝にかぐや姫の元に投げ込まれた結び文である。
「なんだそれは」
「見覚えはございませんか? 庚申待ちが明けた朝に、文箱の上に置かれていました。東宮さまのご意志ではございませんか?」
東宮は文を手に取って、舐めるように観察すると、
「いや? おれの字はもう少し上手いぞ。その字は下手くそじゃないか」
そう言って、文を返してきた。
松緒は、東宮の様子が自然に見えたので、ひとまず嘘ではないと判断した。それに、庚申待ちの夜は途中から東宮御所に拉致られていたのである。わざわざ別で文を渡す必要もない。
「姫様の秘密を知る者が、東宮さまと別にいらっしゃるのかもしれません」
「それはぜひ送った本人に尋ねてみたいところだなぁ。秘密、という曖昧なことを言って、こちらを揺さぶるつもりなのかもしれない。変に反応しないことをおすすめするよ」
「……あの夜、私が姫様の声を聞いたことと、何か関係があるのかもしれません」
「声だけじゃないか。空耳かもしれない」
「いいえ。あれは間違いなく姫様でした。姫様は、お声でさえ、この世のものではないほどに整っていらっしゃるのです」
松緒がきっぱり言えば、東宮は呆れた様子で「なるほどなるほど、そりゃすごい」と気のない返事をする。
――信じてなさそう。
不本意な気持ちになる。
それから松緒と東宮は参道まで戻ってきた。
おもむろに東宮が松緒の体を自分の後ろに隠した。




