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27 掌中の珠

「東宮さま?」

「余計な詮索をされたくなければ、しばらく話さないほうがいいぞ」


 東宮がそう囁く。

 前方から狩衣姿の二人組が小走りにやってきた。


「東宮さま!? どうしてこのようなところへ?」


 息を切らしながら声をあげたのは蔵人頭くろうどのとう長家。柔和な面差しに驚きの色をあらわにしている。

 そして、もうひとり。東宮に向かって頭を下げた若者は、近衛少将行春だった。庚申待ちの行事に客人として参加していたものの、楽人希望を取り下げた合奏の夜以来の対面である。

 とはいえ、今の松緒は名無しの姫君だ。あえてかぐや姫を演じる必要はない。広い背中に隠れて、東宮と二人組の会話に耳を傾ける。


「たまにはお忍びもよかろう。よい気晴らしになるぞ」

「型破りなことをなさるのも大概になさったほうが。息が止まるかと思いました」

「長家も参拝か? 友人同士連れ立っていくのも悪くはなかろう」

「そのようなものです。とはいえ、私は気が向いただけのことでして。行春は両親の参詣について参ったところ、私と出くわしたのですよ」


 長家の視線がちらちらと松緒のほうにも向けられている。

 声を発すれば「かぐや姫」のことがばれてしまうかもしれない。

 東宮は袖を広げた。袖で遮られることで、松緒の姿はさらに見えにくくなる。


「掌中の珠なのだ。残念ながら見せられぬ」

「そうなのでしょう。……失礼いたしました。それでは東宮さま、御前を失礼いたします」

「長家。そなたのことだ、わかっていると思うが、みだりに口にしてはならぬこともある」


 東宮が「この場にいたことは口外無用」との意を示せば、長家は神妙に頷いた。


「承知しております」

「行春も、わかっておるな?」

「ご心配は無用のことにて」


 言葉少なに行春も答える。

 東宮は松緒の手を引いた。


「ゆくぞ」


 大きな手に握られて、松緒は閉口しながらついていく。

 相手二人も背中を向けて遠ざかっていくのを確認すると、やっと松緒は安心して口を開いた。


「東宮さま。手を放してください」

「不可抗力だと思え」


 東宮はぱっと松緒の手を離した。

 早々に言い訳を口にしたということはやましい気持ちがあったに違いない。


 ――男は狼だものねぇ。


 この世界、男は積極的なのだ(意味深)。うまく身を処す術を身につけなければ、あっという間に丸裸にされてしまうだろう。文字通りの意味で。


「東宮さまは……」


 そう言いかけた時。

 いたずらなつむじ風が巻き起こった。

 ばたばたと笠から垂れた布を揺らして、合わせ目から松緒の素顔が一瞬、あらわにされた。


「おいおい、無防備だぞ」


 東宮が呆れたように、松緒の笠をもう一度深く被せかけた。

 群衆はだれも気に留めていない。参拝にくる貴人は多くはないが、少なくもない。景色に埋没した男女の一幕は、ありふれた光景として過ぎ去るはずだった。

 しかし。

 彼は見ていたのだ。その時、何の因果か、東宮の傍にいた女が気になって、振り向いたのだ。

 気まぐれの風に、松緒の素顔を垣間見た。


「……ね、うえ……?」


 東宮が現れた時よりもよほど愕然とした顔で惚けていたのだった。


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