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「でも、それだけじゃ、集合的無意識を知っていることの説明にはなっていませんよ? メイさんが言うには、集合的無意識は、ここの存在よりも高次元のところにあるものなのですよね? だったら、人間だけがずれていようがいまいが、ありとあらゆる存在は、等しくそれを感じ取れないんじゃないですか?」
「その疑問の答えなら、あたしの説明の中に含まれていたし、さっきお前の兄が口にしてもいたぞ。
さっきから次元が違うということを決定的な没交渉の理由として挙げておいてこれを言うと手のひらを返しているように感じられるかもしれないが、次元が違うからと言って、相互間の影響が完全になくなる訳じゃない。扉をぴったりと閉めても隙間風を防ぎきるのが難しいのと同じで、次元が違っても多少の相互干渉は残る。ましてや、人間と人間以外の間の差なんて、精々が三次元と三.五次元程度のものだ。
お前の兄が、さっきチンパンジーがどうとか言ってたが、あたしが知ってる限りじゃ、人間とチンパンジーが意思疎通を図ることが出来た例がいくつも記録されているはずだ。研究機関の実験レベルの話から、動物園の飼育員の証言まで、レベルは様々だが、その類の話には事欠かない。もっと一般的な事例だと、ペットと意思疎通をはかれたような気がする、なんて言う話は、それこそ世界中に転がっている。
それらは、確かに意思の疎通が行われている。両者の間に横たわる次元と言う分厚い壁や扉の隙間を縫って、次元の異なる意思が混ざりあい、ぼんやりとした相互干渉が行われている。
だが、それは決してそれ以上のものには成り得ない。次元の壁を完全に超えてしまうことは不可能だし、漏れ出るものも、『隙間風』以上のものにはならない。次元の違いは決定的なものだ。と言うよりも、決定的なものでなければ、困るんだ。あらゆる存在が同じ次元に存在したり、自由に次元の壁を取り払えるようでは、世の中はカオスに陥る。人間と動物だったらそれほど困らないかもしれないが、例えば死者と生者が同じ次元に共生していたら、明らかにおかしいし、困るだろう?
だから異なる次元のもの同士が双方の努力で相手の次元から漏れてくるものを感じ取って、何となく意思疎通を図ることはできるが、次元の違いを完璧に克服して動物と人間が共通のツールを使ってコミュニケーションを取ることは不可能だ。だからさっきあたしの話を聞いた時も、人間以外の存在が、一つの集団として認められ得るほどに強い思考を有することが信じられなかった」
「それが私の二つ質問とどんな関係があるんですか?」
「む? 噛み付いてくる割には以外と鈍いな、伊織は。それとも、気づいていて気づかないふりをしているのか?
結局のところ、どれも同じなんだ。次元の違うものの間では隙間風が吹くと言ったが、それは集合的無意識との間でも同じだ。いくら相手がより高次元の存在でも別の次元の存在でも、何かしらそこから漏れ伝わってくるものはあるはずなんだ。ましてや、相手が自分たちで選び取った集合的無意識ともなれば、それはぼんやりした、なんてものじゃない。思考が結晶化して集合的無意識になった瞬間に高位の存在に昇華してしまうとはいえ、ほんの僅かな、一秒の何万分の一の時間だけでも、それぞれの集団は自分たちの集合的無意識と、同じ次元において触れ合っているはずなだ。その時間は集合的無意識を自覚するにはあまりにも短いが、集合的無意識が放つ存在感は、必ず手元に残る。そして、その僅かな残り香と漏れ伝わってくるものがあれば、自分たちの集合的無意識は折に触れて自覚されるはずだ。集団内の存在皆が、己の集合的無意識に気づけるはずなんだ」
「でも、なんで他の集団の集合的無意識を知っているのですか? それに、私たちは人間のレーゾンデートルなんて、知りませんよ?」
「言っただろ? どれも同じだって。次元が違っても自分たちのものじゃなくても、伝わってくるものはある。そこから他の奴らの集合的無意識を言い当てるのは、そう難しいことじゃない。この世に存在するほとんどの存在は、お互いの目指しているものを理解しあっているんだ。地理的に遠くて物理的な接触が希薄だとか、そういう例外はあるにせよ、な。
ただし、人間だけは例外だ。お前らの集合的無意識は、意味や価値を作り出すことだ。これは、あたしらが見えているものを見えなくする性質がある。ほら、お前らだって見たことぐらいあるだろう? 人の意見を聞かずに、自分の考えを一方的に押し付けてくる奴。
お前ら人間のやっていることは、それに近い面がある。物事の価値や意味を生み出すということは、既存の価値や意味を破棄するということでもあるんだ。それは、他人に対して自分の主張を一方的に押し付ける行為に近い。人間以外の存在が自分たちで自分たちの目指すものを決めても、お前らはその上から人間が決めた意味で塗り固めていく。そうすると、当然その下にあったものは見えなくなる。
それに、何度か言いかけたが、人間の場合は更なる幸運だか不運だかがある。お前らの場合は、地球に気に入られちまったんだ」




