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「あれ、でもそれだと、メイちゃんは昔、人間じゃなかったってことにならない?」
「だから、そうだって言ってんだろ。ちゃんと説明してやるし証拠も見せてやるから。黙って座ってろって、貧乳娘」
「ぶー、貧乳って言うな」
口をとがらせるクシャナをきれいに無視してメイは話し続ける。
「そもそも、世界には無数のレーゾンデートルが存在する。今まではずっと人間に寄り添ったことばかり話してきたが、人間なら人間、兎なら兎、恐竜なら恐竜、地球なら地球、銀河なら銀河と言った具合に、この世に存在する個々の集団は、集団ごとのレーゾンデートルを持っている。これを持たない集団は存在しない。なぜこうなったのかはあたしにもわからないが、これは人間と、あといくつかの集団以外は皆知っていることだ。だがそのレーゾンデートルはいつ発生するのか?」
「発生する? あなたが集合的無意識やレーゾンデートルと呼ぶものが私たち個々人を越えた高次元の何かであるなら、それは発生するものではなく、与えられるものではないのですか? 高次元の存在に対して発生すると言うのは、不適切じゃないですか?」
「伊織。さっきから随分と勇ましいが、今回もお前の方が的外れだ。これは、そういうものじゃないんだ。神とかなんとかそういう手の届かないものとは決して違う。そもそもさっきから一生懸命説明しているものがそういう人智を越えたところにあるものなら、あたしはレーゾンデートルに対して集合的無意識なんて名前は付けなかっただろう。集合的無意識は、与えられるものじゃないんだ。集合的無意識は、その集団が選び取るものだ。集団が生まれた時に、な。
集合的無意識はいつ発生するのかと、あたしは言ったな。答えは、集団が誕生した時だ。即ち、集団が定義され、他の存在から切り離された時に与えられる。お前ら人間なら、猿から進化して行って、人間という種族が誕生した瞬間に。あたしらなら、バラバラの有象無象で塵芥みたいな存在だったものたちが、人類の後継者としてはっきりと認められるほどのまとまりをもった時。
とある集団が存在している以上、時間的に遡っていけば、必ず始まりの瞬間にたどり着く。集合的無意識とかレーゾンデートルとかあたしたちが呼んでいるものは、その始まりの瞬間に獲得される。それは決して、与えられるものではないんだ。集団が探勝した瞬間に、その集団が持っている一番強い願いのようなもの。魂に刻まれた自分がどうありたいかという思い。その思いが、レーゾンデートルになり、集団と構成員を規律する」
「でも、動物や植物は、考えない」
イリックがポツリと呟く。
「動物や植物が何かを願うなんてことは聞いたことが無い。だから、あたしの話はおかしいってことか? 百歩譲って集合的無意識のようなものが存在していてたとしても、それはやっぱり与えられるのが正しいと?
悪いが、それについての答えもノーだ。人間を含めた森羅万象、ありとあらゆる存在は、思考する。地球だって宇宙だって、この世に存在しているものは、必ず思考するんだ。しかも、お前たちが思っているよりもはるかに高度に。少なくとも世界に対して己の理想を示せる程度には、な」
「理想……なら、それほどまでに高度な思考を持っているのなら、人類の歴史において今まで一度たりとも、人間以外の生物の高度な知的能力が証明されなかったのは、なぜですか? 他の存在が持つ高度な思考能力と言えば、チンパンジーがいくつかの文字を覚えたとかハノイの塔を解いたとか、その程度のはずです。宇宙や惑星が考えるなんて、聞いたこともないです」
「真広、お前はバカか? さっきあたしが話の中で言ったことを忘れたのか? 伊織の言葉に対して答えただろう? 次元が違うって。お前ら人間と他の存在とじゃあ、思考の次元が違うんだ。だから、人間の思考とその他の存在の思考は、決して交わらない。どちらが上とか下とかはわからないし、上下で言い表すのが適当かも知らないが、とにかく、お前らと他とじゃあ、思考の次元が違う。さっきの集合的無意識と個々の思考みたいに、完全に違ったことろにある」
「だったら、なんでメイさんはさっきから、他の存在の思考やレーゾンデートルを知っているような口ぶりなのですか? 交わらないなら、知ることなんて、出来ないじゃないですか?」
「別に、難しいことじゃない。それは、お前ら人間が、この惑星で唯一の仲間はずれだったからだ。他の存在を三次元とするなら、人間は四次元なんだ。お前らだけが、別の次元に居るんだ。だから人間は人間以外の思考や意思を感知できないが、あたしらは人間以外の思考を感じることが出来る。勿論種族や伝達手段による壁はあるが、人間と他の存在の間にあるものほど決定的な壁はあたしらの間にはなかった」




