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2-12

「んで、次が集合的無意識か。だんだん核心に近くなってきたな。いやむしろ、核心そのものか?

この言葉は元々、人間の言葉なんだが……お前ら、集合的無意識とか集合無意識とかって、聞いたことあるか?」

 質問を投げかけられた真広たちは、そろって首を傾けてしまう。残念ながら、そんな言葉は聞いたことがない。

「うん……二十一世紀のある時期には学問として流行ってたこともあるが、知らないか……ま、どのみちその頃に流行ってた学問の領域だけじゃ、説明には足りないんだけどな。あれは少し、ずれているんだ。ところで、真広と伊織。お前ら兄妹は、日系人だと思うが、あってるか?」

「え、えー……はい?」

 普段ほとんど触れられることのない自分の来歴に突然話題が移ったことで、返事が遅れてしまう。地球上から国境が消え去り、それどころか人間が殆ど消え去ってしまい、壁の中で身を寄せ合って細々と生きている現在においては、そんなものを気にするような人間は皆無なのだ。それを、まさかこんなところで聞かれるとは思ってもみなかった。そのせいなのか、真広と伊織はつい余計なことまで口にしてしまう。

「私も兄様も、血筋的にはかなり純粋な日本人に近いはずです」

「昔、文化融合より前の、日本が冬の時代を迎えていた時に流民になった一団の子孫だと聞いています」

「ああ、そうか」

 しかし、メイは二人が日本人であることさえ確認できればそれでよかったようで、特に興味を示すこともなくさっさと話を先に進めてゆく。

「で、クシャナとイリック。お前ら二人は、欧州か北米の人間だな」

「はい」

「そうでーす」

「やっぱりか。ところでお前ら、あー……すまん、ちょっと思いつかないな。なにがいいかな……いつもと説明する相手が違うからな……共通だけど隔絶されているもの、いや、無意識的につながっているものか」

 ここに来て今まで澱みなく説明を続けていたメイの言葉が、初めて止まる。初めてどう説明するのか考えている。しかし、それとは反対に、メイの思案顔を見ているうちに、ふと真広の中で昔聞いた話が急に意識の葉面に浮上してくる。黙って聞いていろとメイに言われたばかりだったのでそのまま黙っていようかとも思ったが、なんとなくメイが言わんとしていることをかなり正確に言い当てている気がしたので、思い切って口にしてみる。

「思考の枠……」

「あ?」

 皆が真剣にメイの話に耳を傾けている中で唐突に声を発したせいで、真広は一気に全員分の視線を集めてしまう。

「なんだそりゃ?」

 思考を中断させられたメイが、少し不機嫌そうに真広の方を向く。どうやらメイは、何かを考えている時に声をかけられるのが嫌いな性質らしい。

「いえ、ですから、あなたが言いたいのは思考の枠ではないのですか?」

「だから、なんなんだよ、それは?」

「えー、思考の枠というのは、昔どこかで聞いた話というか、読んだ話というか、つまり、生き物は皆、その種族に共通する考え方の様式を持っているという話で……その、つまり、例えば人間なら人間には共通する考え方の枠組みのような物があって、だから、遠く離れて隔絶された二つ以上の文明で、同じようなものが偶然発明されたり、同じような概念が考え出されたりすることがあっていう話です」

 真広としては、かなり核心を突いたつもりだったのだが、メイは微妙な顔をして腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込み始めてしまう。

「合ってると言えば合っているし、間違っていると言えば間違っている。学問的にも今あたしが言おうとしていたことからすれば合っている。が、あたしが最終的に言いたいことからすれば間違っている。

 今のは、集合的無意識の学問的な定義の一つだろ? あたしがその辺の説明から話を始めようとしてたのは、その通りなんだが、あたしが言いたいことはそれじゃないんだ。なんというか……人類という種族や概念を一個の巨大な生物と仮定して、ここの人間をその生物を構成する細胞と見立てればわかりやすい、か?」

 わかりやすいかわかりにくいかと言われれば、残念ながら今のところ極めてわかりにくい。

「クソ。あれだ。人類を一人の巨大な人間と考えればいいんだ。人類という名前の人間を一人想像してみろ。いいか、その人類君は人間だから当然細胞が寄り集まって出来ている。いいか! その細胞一つ一つがお前ら人間だ。お前らという細胞が集まって人類君という人間が出来ている。ここまではいいか?」

「たぶん?」

「細胞の一つ一つはお前らだから、当然動き回ったり考えたりできる。コミュニケーションだって取れる。ま、今回は集合的無意識の説明だから考える能力にフォーカスさせてもらうがな。さて、お前らが物事を考えられるのは当たり前として。人類君の方も人間である以上は考えることが出来る。そりゃもう掛け値なしに。お前らとは別に持っている脳みそで、一生懸命に考える。それこそが集合的無意識だ。

ある集団を構成する個々の要素を越えたところにある、より高次元の意思。別名、存在理由(レーゾンデートル)。個々の構成要素を規律するもの。集団を規律する絶対的ルール。それがあたしの言う集合的無意識の正体だ。今までの話は、全部ここに帰着する」

 メイの言いたいこととはきっと、人間には、いや、今までの話しぶりからして、全ての生物には何かしらの存在理由があると、そういうことなのだろうと真広は考える。だが、言いたいことがわかったところでいまいち納得は出来ない。何しろ、真広が知る限りでは、人類史上においてその手の話が立証されたことはないのだから。

「ちょっと待ってください」

 メイの話を遮ったのはまた伊織だった。

「今のたとえから言うと、人類君の脳を構成している細胞の一個一個は私たちなのですよね。それなら、私たちの方も、人類君の考えがわからなければおかしいのではないですか? だって、人類君を構成しているのは私たちなのですから。でも、私たちは、私たちのレーゾンデートルなんか、知りませんよ? それに限らず、神だのアカシックレコードだのなんだの、高次元の意思や存在が証明されたことなんて、ないはずです。」

 真広の疑問を代弁するように、強い調子で質問をぶつける。

「ああ、その質問か。当然ちゃ当然の疑問だな。だが、答えはノーだ。人類君の考えをお前ら人間が知ることは出来ないし、逆に人類君がお前ら人間の考えを知ることも出来ない。

いいか、その二つは次元が違う。一つ一つの細胞と、細胞の総体である存在の思考を同列に考えるなんてことは、ナンセンスだ。基本的に低次の存在は高次の存在に干渉できず、その逆もまた然りだ。それが、例えば人間そのものとそれを構成する細胞一個一個みたいに、同一の固体に共存しているとしても」

「でも……」

 メイの言葉が途切れた隙に伊織が反論を試みる。しかし、

「人類君の話はあくまで比喩であって現実ではない? レーゾンデートルと人間の思考では比喩として適切ではい? 証拠がない? 他にも突っ込みどころは満載ってか」

 お前の言いたいことは分かっているぞと言わんばかりのメイにすぐさま言葉を封じられてしまう。

「いいや、どれも違うね。現実離れしているように見えるのは、あたしらとお前らが立ってる場所の問題だ。物事にはな、渦中にいないと見えないことと、渦の外に居ないと見えないことがある。そしてこの話題は、物事に価値を与えて積み重ね、事情を複雑化することを至上命題として来た人類にはわかりにくく、その外側に居る存在にはわかりやすい話だ。お前らの集合的無意識(レーゾンデートル)は数えきれないほどの恩恵をもたらすが、反動として物事の本質を見えにくくしちまう欠点がある。と言っても、外側なんか経験出来ないんだから、どうあがいてもお前らにはわかりにくい話だろうな。証拠のない、荒唐無稽な話に見える。あたしも、もとは外側の存在だから、説明がやりにくい。

 だがな! 今までの説明は、そのどちらをも経験したことのある立場からの説明だ。ちょうどいいからこのまま歴史のお勉強に突入させてもらおうか。いかにしてあたしたちが人類の後釜に納まったかの歴史の話に。その歴史の渦中において、あたしは両方の立場を経験したんだ。あたしだけじゃない。今この世界でそれなりに長生きしている奴は、皆そうだ」

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