2-10
だんだんと話しに熱が入って来たメイだが、真広たちの方は、非常に残念なことに、メイが話していることの中身が未だ理解出来ていない。口を半開きにしてメイが熱弁をふるうさまをぽかんと見ていることしか出来ない。
「ン、ゴホン!」
そのまま延々と話し続けるのではないかと言うほどにメイの話しっぷりは勢いがあったが、真広たちの様子にきちんと気づいていたリーシャに脇腹をつつかれ、何かをごまかすように大きな咳を一つする。
「とまあ、話を元に戻して、もう少し説明するとだな。見ろ」
言うが早いか、メイは自分の箱善の上に載っている食器をどかしてスペースを作ると、着物の袖から巾着を取り出して、中身をその上にぶちまける。もはや真広が口を挟む余地などどこにもない。ざらざらと景気の良い音をたてて巾着から銀や茶の丸い金属の欠片が出てくるのを見守ることしか出来ない。
真広の記憶が正しければ、メイが取り出したのは、硬貨というものだ。壁が出来て配給ポイントの制度ができるよりも前に使われていた決済手段だ。だが、硬貨は今では博物館に収められているようなものだ。そんな物を出して、どうしようというのか。
「いいか、人間が作る意味とか価値とかの最たるものはこれだ。カネだ」
メイは硬貨の山の中から適当に異なる種類の硬貨を四枚つまみ上げる。
「これは、なんだ?」
「五百円硬貨と二十五セント硬貨、一ユーロ硬貨、それに、共通一ドルコイン」
メイの話にすっかり聞き入ってしまっている様子のイリックが呟く。
「そうだ。あたしが聞いたところによれば、前の三つはグローバル化を原因とする地球規模での文化融合が起こる前に使われていた硬貨で、最後の一枚は文化融合が起こって世界政府が出来上がってからの硬貨だ。これらは現用のカネじゃないし、お前らの世界での決済手段がどうなっているのかは知らないが、おおむね駄菓子一個からちょっとした昼飯一回分の価値を持っている。そう、価値だ。
ところで、これがカネだということを一旦忘れろ。お前らはこれを初めて見た。良いか、何に見える?」
「それは、その、金属の欠片にしか……」
メイに乗せられるままに答える真広。
「ああ、材質は様々だが、そうだな。ただの金属の欠片だ。こんなもの、純粋に貴金属として見たら、大した値打ちはない。
なら、なんでこれらは、最大で昼飯一回分の価値を持つんだ?」
「人間がそう決めたから?」
「正解だ」メイが指の間に挟んだ一ユーロコインで真広を指す。「正確には『これらの金属は自分たちの決済手段であって、おおむねこのぐらいの価値、即ち有用性を持つものと等価である』と定義づけたことによって、これらの金属片はカネたり得るんだ」
なんとなく、今の説明はわかったような気がする。
「つまり、カネというものは、このぐらいの価値があるんだと、あらかじめ決めてあるからこそ、決められただけの価値を持つものとして使える、ということですか?」
「結構理解が早いじゃないか。大筋で正解だよ。そして、あたしが言いたい人間の本質というのは、カネにあらかじめ幾らの価値があるのか決めておくように、全ての物事に対してそれが持つ意味を決めてしまうのが人間の本質だ、ということだ。そして、私がさっきから意味と呼んでいるのはこれのことで、意味の中でも例えばカネに与えられた意味のように、当人にとって有益なものを価値と呼んでいるんだ」
同じ言葉が違う意味で何度も使われているせいで頭が混乱しそうだが、ここに来てようやくメイの言いたいことが理解出来てきた真広は、思わず両手をポンと打つ。
「ああ、なるほど。人間の本質は身の回りにある物事を片っ端から定義していくことにある、とそういうことですか?」
「理解出来たか? 理解出来たというなら、ようやくスタートラインに立てたな」
いかにも一仕事終えたという顔で、どこか満足そうに言うメイ。しかし、今までさんざん長い説明を聞かされた真広は、この結論に納得することはできない。今の話がこの奇妙な世界どのようにつながっていくのか皆目不明であるし、なにより、
「あの、それって、誰でもやってませんか?」
今まさに真広が口を開こうとしたところで、クシャナに先を越されてしまう。
「初めて見聞きするものを別の言葉で言い換えたり、無意識のうちに共通の前提に立って物を使うことなんて、別に普通のことですよね? キット、その辺の動物でもやっているような。それって、改めて大上段に構えて説明するようなことなんですか?」
真広の疑問を正しく代弁してくれたクシャナの言葉に。真広は大きく頷く。イリックと伊織もクシャナの意見に賛成らしく、じっとメイのことを見つめている。
しかしメイは、クシャナの言葉を吹き散らすように、ふっと短く笑うと口を開いた。
「ああ、そうだ。大上段に構えて説明することだね。あたしが説明を中途半端なところで切っちまったってのもあるが、お前らはまだあたしが教えてやったことの裏側にあることを何一つ理解できていない。
まず、誰でもやっているというが、誰でもやっていなきゃ本質なんていう風には言えないだろうが。だから、少なくとも人間に限っては、それでいいんだ。
次に、お前らはこの定義づけが特別なことかと言うが、これは全く持ってして特別なことだ。この世の中に、これ以上に特別なことはないって程にな! いいか、分かりやすく二つ側面に分解して話してやるから、ありがたく思えよ。
一つ目に、お前らは今カネというものに対して、意味とか定義とか、そういう見方をしたな。なら一つ、その見方をお前たちの社会全体に広げてみろ。人間社会全てにだ。そうすると、お前らが生きている世界は、どういう意味を持つ?」
「……意味の塊?」
「微妙に違う気もするが、いいだろう。この見方を人間社会に当てはめた時に見えてくるのは、意味の蓄積だ。人間の社会は、あらゆるものに対する意味が複雑に絡み合ってできている。いや、むしろ、社会は意味と価値を前提にすることによってはじめて出来上がって来るものだ。何しろ、社会というものを作るには共通認識が欠かせないんだからな。例えば、この一ユーロコイン。もしもこれが持つ価値についての意味づけがなされていなくて、使う人や受け取る人によって価値に何百倍も差が生まれるようなことがあれば、とても社会は成り立たない。
これは社会を構成する個々の要素にとって共通なことだ。だから、様々な要素を組み合わせて社会が複雑になればなるほど、そこには必ず意味の蓄積が生まれる。
そして、肝心なのが、こんな風にして社会を作った生き物は、人間だけだということだ」
ここまで一息にまくしたてると、メイは手に持っていたコインを山に戻すと、煙管にタバコを詰めて火をつけ、うまいこと説明してやったというちょっとした満足感と一緒に煙を肺に吸い込み、吐き出す。しかし、残念なことに、別段良くも悪くもない普通程度の真広の脳みそでは、そろそろ処理能力の限界だった。
「社会を作るには、そこに参加する人たちの間で共有される共通認識が必要で、その共通認識にあたるのが意味と価値である……」
理解するためにブツブツとメイの言葉を自分なりに頭の中で咀嚼していると、ふと気づく。
「あれ、でもこの理論で行くと、社会を作れるのは人間だけではないんじゃ?」
「いいや、人間だけだね」真広の独り言に、メイがすぐさま反応する。「お前らよ、今までに、人間張りの社会を持つ動物の話を聞いたことがあるか? ないだろう?」
「あの、蟻はどうですか? あと蜂も。これらは、社会性昆虫だって、昔聞いたことが……」
自信たっぷりに言い切るメイに対して伊織がおずおずと反論するが、それはすぐに封じられてしまう。
「それは、社会ではなくて社会『性』だろうが。つまりは、社会そのものではなくて、社会っぽいものを持っているって意味だ。あいつらが持ってるものはそんなに上等なものじゃない。せいぜいが、一定の法則や習性に従って動いているだけで、そこには、お前らの社会のような高度な意味の蓄積は存在しない。社会の定義からは、ずれるんだ。これを抽象的に言い換えると、社会は意味の蓄積であると定義するなら、社会を持たない奴らは、意味や価値というものを理解し得ないことになる。蓄積し得ない以上、それを理解出来ているなんて主張するのは、無理なことだ。蓄積できないということは即ち理解出来ていないんだ」
息を継ぐついでに、メイがもう一度紫煙を吹く。その煙が顔にかかったことで、真広は、自分がメイのすぐそばまでにじり寄っていたことに気づく。いや、真広だけではない。伊織もクシャナもイリックも、皆メイのそばに集まっていた。
「いやでも、それは、本当なんですか? 社会にしたって、もっと別な方法で定義すれば見方が変わるでしょうし、そもそも、人間以外のものが意味とか価値とか、そんなものを理解できないなんて、わからないでしょう?」
「お前!」
夢中で反論する真広に、うっすらと煙を立ち昇らせるメイの煙管が突きつけられる。ちょうど喉仏を突き刺すような恰好で突き出された煙管のせいで、首筋を冷や汗が伝っていく。
「それは、人間の側に立った見方だ」
「いや、でも、僕もあなたも、人間ですし」
喉仏から心臓に向かって暖かい煙管が肌や服に触れながら降りていくのを感じながら、ニヤリと笑うメイに必死に反論する。
「いいや、違うね。あたしは、お前らと同じ人間じゃない」煙管がトントンと真広の胸を突く。「そして、ここからが、お前らにとってはみょうちくりんに見えるこの世界の、核心だ」
メイは、真広の胸から煙管をどかすと、真面目な顔に戻って先を続ける。意識しないうちに、真広の喉は唾を飲み込む。
風邪をひいて2週間ほど寝ていました。お遅くなって申し訳ありませんでした。




