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まず、真広はリーシャに数秒前にできた穴の前にあるスペースに弾き飛ばされる。ここなら棒が盾代わりになって弾は届かない。
次に、棒の反対側に居る伊織たちの方に向かって全力で駆け出す。瞬き一つか二つほどの間に三人のところまで到達したリーシャだが、その頃にはすでに弾丸の雨が降り注いでいた。思考速度が自体の進展に追いつかずにその場に立ち尽くす伊織たちに背を向け、飛来する弾を剣で切り捨てるリーシャ。恐ろしいほどの技の冴えを敵に見せつけながら、押し競饅頭をするときみたいに背中で三人を押しながら、じりじりと後ろに下がってくる。
棒の陰で倒れていた真広が体を起こして、弾に怯えながらも目だけを棒の陰から出す。すると、そこに映ったのは案の定バグだった。体に茶色い布が巻き付き、そこからバサバサと土が舞っているあたりからして、どうも土の中に身を潜めていたらしい。
「早く隠れて!」
真広は緊急事態になると思考と現実の速度が乖離する癖でもあるのだろうか。そこまで考えたところで、ゆっくり後退してきていたはずのリーシャ達が真広の横まで来ていた。剣を操って盾を形成しているリーシャの背中から、伊織たちが棒の陰に移動してくる。幅が一mあるとはいえ、四人も人が集まるとかなり狭苦しい。
「今だ!」
狭苦しいと思っているところへ、再装填の為に弾幕が切れる僅かな時間を見逃さずにリーシャまで棒の陰に飛び込んできたせいで、真広は危うく棒の陰からはじき出されそうになってしまう。一瞬のうちに頭から血の気が引いて冷たくなるのが、はっきりと感じられた。きっとまかり間違って押し出されていたら、真広の脳みそがあたり一面に飛び散っていたことだろう。
「申し訳ありません。私のミスです」
ついつい頭をさすって無事を確かめていると、リーシャが今までとは違ってどこか切羽詰まった顔で言った。その顔には、心なしか汗が浮かんでいるような気がする。とんでもない大立ち回りを演じた後だから当然と言えば当然なのだが、真広にはリーシャの表情と汗にはそれだけで片付けられない何かがあるような気がした。
「今すぐ、あの穴に飛び込んでください」
今回も当然バグを蹴散らすと思っていた真広にとって、リーシャの言葉は少し意外だった。
「急いでください」
が、今はそれについてどうのこうのと議論していられる時間はないだろう。敵になっているのは、地面に固定されている砲台ではなくロボットなのだ。敵が物陰に隠れたとなれば、その二本の足を使って回り込んでくるに決まっている。
「選択肢は、他にないか」
無自覚のうちに呟きながら、真広は壁に空いた穴に目を向ける。五mの壁に阻まれたそこは、灯りが全く存在しない真の闇だ。これは地獄に通ずる穴である、という声が聞こえてきそうだ。本能的に、腰が引けてしまう。それでも、きっと今は、ここに飛び込むしか方法はないのだろう。
考えているうちに、真広の手は何かを求めるように空中を彷徨い始める。別に何か意味があって取った行動と言うわけではない。考える時に顎に手を当てるような、その類の動きだ。しかし、その手が何か暖かいものに触れる。驚いて視線を手に向けると、悪戯っぽい笑顔のクシャナが、蝶々を捕まえるみたいに、空中を彷徨っていた真広の手を両手で挟み込んでいた。どうしたの、早くいかないの、と言っているクシャナの笑顔はとても可愛らしく、周りで起こっている出来事を忘れて、真広は魅入ってしまう。そういえば、家でリーシャと真広の手をつなげたのもクシャナだっただろうか。
「そう、だな」
声に出して答えなければいけないような気がして、真広がそう答えたとたん、空中を彷徨っていた手とは反対の手に、誰かが飛びついてきた。そちらの手には、リーシャから預かった鞘を握っていたので、手を取る代わりに抱き着いたのだろう。顔を向けると、伊織が眉間に皺を刻んだ顔で真広を目あげていた。普段は大人しい伊織が、リーシャと出会って以降ずっと気難しい顔をしているが、もしかしてこうなることを予期していたのか。
「早く!」
リーシャの声が、真広を現実に引き戻す。また、考え込んでしまっていたらしい。本気で焦った顔をしているリーシャを見て、真広は迷わず穴に飛び込んだ。腕にくっついていた二人も、三人並んで穴を通るのは無理だと思ったらしく、真広の後ろからついてくる。
中で四つん這いになってみて初めてわかったが、穴は奥に行くに向かって僅かに傾斜し、狭くなっている。棒を引き抜いたときにスムーズに抜けたのは、リーシャの卓抜した技のおかげだったのだ。
最終的に一辺が六十㎝ほどになってしまった穴から少し苦労して抜け出し、向こう側の床があると思しき場所――目が慣れていないせいで床の場所すらわからない――に手を着くと、汚れた水槽みたいなぬるりとした感触と冷たい水の刺すような冷気が神経を刺激する。どうやら、とこからか漏れて来た水が、床の上に溜まっているらしい。
水深は深くないが、感触からして相当汚れているのは間違いない。慌てて自ら手を抜くが、残念ながら今は四つん這いの姿勢だ。手を着かなければ、穴から出られない。覚悟を決めた真広は、手と靴以外の場所を水につけてしまわないように気を付けながら、穴から這い出す。靴の中にまで染み込んでくる水に顔をしかめながら立ち上がると、壁の向こうから届く光で、周囲の様子がおぼろげながら浮かび上がる。
そこは、何ももが大きい、広大な空間だった。
勿論、壁の中が空洞になっているのは知っていたが、知識で知っているのと実際に見るのとでは大違いだった。
万が一に何か問題が起きた時の安全性を考慮して、壁は二重になっていて、そこには壁を補強している巨大な柱がある。確かに、その通りだった。光の届く範囲にも、巨大な柱が見える。だがそれは真広の想像力を越えていた。柱は、単純な一本の鋼材でできているのではなく、巨大な植物のように何本もの鋼材が縒り合され、それが上の方に行くに従って四方に伸び広がり、中心の幹は細くなっていく。きっと壁ができる前の世界で神社などにあったというご神木とは、こういうものをいうのだろう。見上げているだけで、神聖で畏れ多いような、そんな気にさせられる。
「これで、全員か?」
リーシャの声に振り向くと、クシャナ、伊織、イリック、リーシャの四人が、穴のすぐ脇にある壁に背中を預けて立っている。当の穴からは、敵が放つ銃弾がチュンチュン音や火花を立てながら飛び込んでくる。幸い、柱に見惚れているうちに穴の前から移動していたらしく、真広の居る場所は敵からは死角になっていた。
「真広、こっち!」
大声で手招きするクシャナに従って、真広も穴の脇まで移動し、リーシャの隣の場所に立つ。壁の内側から見て、イリック、クシャナ、伊織、リーシャ、真広の順番に、穴の右側に並んでいる。
「全員、いますね?」
真広が来るのと入れ替わりに、リーシャが壁から背中を放す。そして、指を刺しながら人数を数えると、剣を一旦放して手をポケットに突っ込む。そのポケットには、確か例のビーズとかいうガラス玉と、飴玉が入っていたはずだ。
「こちらへ」
床に刺していた剣を握りなおし、リーシャは真広たちに壁から離れるように促す。リーシャ自身も、穴に対して斜めになるように歩いていく。銃撃のせいで精神が参ってきているのか、それともリーシャに従わなければ生き残れないと判断したのか、リーシャに法反発していた伊織を含めて、全員がおとなしくその後についていく。
「この辺で、十分でしょう」
穴からの光が届かなくなる寸前で、リーシャは足を止めて振り返る。真広たちを背中にかばうようにしながら、振り向かずに言葉を続ける。
「これから、追手を撒きます。ないとは思いますが、もしかしたら急激な気圧の変化があるかもしれませんので、鼓膜を守るために口を大きく開けてください。それから、もう暗い場所になれていると思いますので目は絶対に瞑っておくように。それでも、しばらくは見えない聞こえないの状態になると思いますが、どうかご容赦を」
戦場で死地に赴く兵のような、そういう印象を抱かせるリーシャの言い様に誰も逆らえず、クシャナ、伊織、イリックの三人は全員口を開け、目を閉じる。
「次にあなた方が見るのは、外の光です」
真広も同じように目をつぶろうとする直前、リーシャが後ろを振り向き、そっと微笑んだ。
「さ、早く!」
そして、最後に真広の目に映ったのは、剣を地面に突き刺して自由になった手で、穴に向かって何かを力いっぱい投げつけているリーシャの姿だった。




