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空白記号~機械仕掛けの女神と幻想世界~  作者: 凉月
幸福な街と機械仕掛けの女王
15/43

4-7

「さて、やるか」

 用意した物が置かれたテーブルを見下ろして、満足そうにリーシャが頷く。準備したものは、片側が釘抜きになっている金づち、今時映画の中でしか見ないような古風な金属製の洗面器、これまた映画の中でしかお目にかかれないようなコルク栓付きの巨大なビンに入った大量の飴の三つだ。それらテーブルの上に並べ、一方にリーシャ、もう一方に真広たちがめいめいに立ったまま集まり、マジックショーのような恰好になる。

 リーシャは最初に、飴の入ったビンの蓋に手をかける。ギュポンと濁った音を鳴らして蓋を引っこ抜くと、中から飴をいくつか取り出して手のひらの上で二つに分け、一方はテーブルに、一方はポケットに入れる。

 その様子を、どこか落ち着かない様子の真広たちが見守る。リーシャに対して割と好意的な人もいれば、敵対的な人もいるが、全員が固唾を飲んで見守る。どうやら、これからリーシャのすることが気になるのは、皆同じらしい。

「あの、リーシャ、それは?」

 堪えきれずに、真広が口を開く。

「これは、お礼です。フウミュ――精霊に何かをしてもらったら食物を礼としてささげるんです。私たちにとっては常識なのですが……あなた方にとっては、珍しいようですね」

 真広や伊織の顔に視線をサッと巡らせたリーシャは、途中で言葉の調子を若落とす。

「本来は手で渡すのが礼譲の気持ちを表すのですが、今の私は片腕ですので、ここに置かせてもらいましょう」

 説明しながら、リーシャは杖の代わりにしている剣にてをかける。つい身構えてしまう真広たちだが、リーシャは柄に手をかける代わりに、剣を水平にして鞘に着いた装飾を探る。銀(だと思う)による精緻な細工が施され、赤と青――ルビーとサファイアだろうか――の宝石が二つずつはめ込まれた鞘は見ていて飽きないが、何を思ったのかリーシャは青い宝石の一つに手をかけると、それを外してしまう。

「元々取り付けてあった宝石は、取り外して保存してあるんです」

 驚きの声が口から出てしまったイリックやクシャナ、口をぽかんと開けている真広と伊織の為に、作業を続けながらリーシャが説明する。

「代わりに、同じ大きさに作ってもらったビーズを入れてあるんです」

 四つ全ての宝石を取ってしまうと、一つを残して他の三つはやはり服のポケットにしまう。

「私はある事情から世界を旅しているのですが、旅というものは何が起こるのかわかりません」

 顔をあげてリーシャの声を、だんだんとマジシャンが客を引き付ける為に発するようなものになっている。人間だけでなく、マキナたちの目――正確にまカメラ――釘付けになる。

「さて、お立会いここに取り出したのは、何の変哲もないガラス玉でございます」

 いよいよ演技っぽくなるリーシャの声音。全員の視線を集める為の大仰な仕草で剣をテーブルに立てかけると、代わりに金づちを手に取る。しかも、平らな面ではなく釘抜きを下にして。

「しかし、こうして中に封じ込められた精霊を開放してやれば――」

 リーシャが、偽物の宝石に金づちを当てる。そっと力を籠めると、ガラス玉は、すんなりとヒビが入り、すぐに割れる。そして、そして……

 ……

 ……

 ……

 これから何が起こるのかと目を皿のようにして見守る真広たちだが、待てど暮らせど、何の変化も現れない。

 八個の眼球プラス二個のカメラが、リーシャの顔を向くが、リーシャは自信にあふれた顔でこちらの視線を受け止める。そのリーシャの目が、下を見てみろ、というようにチラチラと動く。それに引きずられて下を見る真広。やはり、何もない……ということも、ないのか?

「んんー?」

 視線を向けた先には、飴が転がっている以外何もないはずだ。ないはずなのに、真広の目には、アニメのキャラクターみたいに、青をモチーフとした、髪も服も、纏っている雰囲気も青っぽい身長四〇~五〇cmほどの少女が、テーブルの上を歩いているように見えた。しかし、その光景ははっきり見えた訳ではなく、目を凝らすとすぐに消えてしまった。何かの見間違いだろうと真広が結論づけた直後。今度は伊織の声が聞こえた。

「え!?」

 今の出来事のせいで狭まっていた真広の視界が、一気に元の広さに戻る。だが、信じられない物を見たせいで、またもや真広の視線は一点に釘付けにされてしまう。

 なんと、机の上に置いてあった雨が、勝手に消えてなくなっていくのだ。ひょいと空中に持ち上げられたかと思うと、とこへともなく吸い込まれていく。驚くなと言う方が、無理だ。

「さて、これだけではないぞ。今度は、洗面器にご注目あれ」

 すっかり頭が麻痺してしまっている真広たちは、素直にリーシャの言葉に従う。それを見たリーシャが、コントは真広たちに聞こえないように小さく何ごとかを唱える。そして、

「ご照覧あれ。我が秘儀、水術(すいじゅつ)を!」

 訳のわからない言葉を合図に、その変化は起きた。

 なんと、今まで空だった洗面器の中に水が湧き、中を満たしていくのだ。しかも、それはわずかに洗面器の底を湿らせるという程度のものではなく、今もって水位が上昇中である。

「「「「!?」」」」

 リーシャ以外の全員、感嘆の声以外を上げることが出来ない。水は、今にも洗面器からあふれそうだ。いや、そう言っている間にも、洗面器からあふれた水がテーブルを浸食していく。

「リー……シャ……」

 かろうじて、本当にかろうじてそれだけを声に出した真広だが、後の言葉が続かない。部屋の中に響く声は、リーシャのものだけだ。

「もっと! 世界を埋め尽くすほどに、激しく!」

 いつの間にか剣をその手に再び握って、呪術師や怪しい宗教家みたいに大げさで派手な動きを繰り返す。

「ちょっと、水を止めてください!」

 テーブルが半分ほど水浸しになったところで、伊織がハッとして叫ぶが、手遅れだった。

「行け!」

 リーシャが短く強く言葉を発した瞬間には、洗面器は間欠泉になっていた。洗面器の直系とほぼ同じ大きさの、直径二十㎝強の水柱が、吹き上がる。

 部屋の中で見る間欠泉なんて、めずらしいな、などと思考を停止した頭で考え終わるころには、あっという間に部屋の中が膝上ほどの深さの水で満たされる。よく見れば、勢いよく噴き出す水柱の他にも、洗面器の淵からはコンコンと水が湧きだしている。伊織やクシャナが大慌てで部屋のドアやら窓やらを開けようとするが、水に足を取られているうちに、水深はさあに増して行く。いつの間にか、足は床から浮き上がり、立ち泳ぎをしているようなありさまだ。防水でもなんでもないただの部屋を水で満杯にするなど、とんでもない威力だ。なるほど、これでようやく先ほどの質問の意味が分かった。わかったところで、部屋が満水になり、真広は水に飲み込まれた。

 真っ青な世界の中を無重力状態で漂う中、周囲に目を向ければ、伊織がなんとな窓までたどり着こうと水中を必死に平泳ぎで移動し、クシャナは、興味深そうに部屋の中を見回し、っ空気を吸い損ねたのかイリックは喉のあたりを抑えてもがき苦しみ、リーシャは泰然自若として胡坐を汲んだ姿勢のまま水流に流されていく。

 真広はと言えば、すっかり諦めて周囲の景色を楽しんでいる。二重になっているとはいえ、窓やその他の部分に使われているのはただのガラスである。きっとすぐに割れるだろう。そもそも今も洗面器が激しく水を吐き出しているせいで激しい水流が生まれ、ジタバタしてみたところで流されることしかできない。

 部屋の中は、青く揺らめく光に照らされて、かなり幻想的だ。床板に光の玉が泳ぎ、壁や天井を泡になった空気がノックする。テーブルの上には、携帯端末とパソコンのモニターが取り残されているが、あそこは水流が弱いのだろうか。電子機器など、見た目よりも軽くできているものが多いというのに、その場に残っているとは驚きだった。

 ……電子、機器……

 電子機器が駆動するには、当然電気が必要になる。携帯端末は蓄電池(バッテリー)で動いている。それは良い。では、パソコンは? 当然、部屋のコンセントにプラグを挿し込み、そこから電気をもらっている。それは、他の家電も同じであり、水は電気の良導体であるからして……

 そこまで考えたところで、狙いすましたかのように真広の体に衝撃が来た。全身の筋肉が縮こまり、頭に衝撃が走る。どうやら、水がコンセントの中に名で達したようだ。部屋中の電子機器の光がすべて消え、暗転しかけた視界の隅では、誰かが死んだようになって漂っていくのが見える。

 しかし、致命的なダメージを被ったのは真広たちだけではない。部屋の中のものは勿論、それを囲んでいる建物も、同じダメージを受けているのである。だから、窓ガラスがこの愛民具で割れたのも、決して偶然ではない。

 何かが割れる音を聞いたと思った時には、見えない手で家の外に向かって思い切り引っ張られていた。

 このまま外に押し出されてはどうなるか分かったものではない。大慌てで何かを掴もうと腕を振り回すが、なかなかつかめるものが無い。やっとのことで、金属製の柱のようなものが肘のあたりにぶつかり、必死に腕を絡ませる。水流の中では人間の力など問題にならないほ小さいし、ましてや電撃をくらっているせいでうまく腕に力が入らない。ひたすら全身の力を腕に集めて堪えるしかない。やがて、水深が下がって浮力が弱くなったのか、真広の体が横ではなく下に向かって移動を始める。その間も、真広は永遠にも思える時間をじっと耐える。実際は、真広の足が床に着くまで十秒もかからなかっただろう。それでも、足が床に着いて、流される心配がなくなった途端に、壁にもたれかかって、まだ膝上までたっぷりと水が残っている床に座り込む。肺の中の濁った空気を吐き出し、新鮮な酸素を思う存分味わう。ゲホゲホとせき込みながらふと隣を見ると、イリックがいた。窓枠のすぐ下の壁に引っかかっていたせいで外に流されずに済んだのだろうか。うつ伏せの状態で、水面を漂流している。仕方がないので裏返して呼吸できるようにしてやると、すぐに意識を取り戻して噴水のように水を噴き出す。部屋のそこここからも、深呼吸する息遣いや、咳が聞こえてくる。どうやら、家の外に流された人は誰もいないようだ。

 真広たちが精根尽き果てたような姿でうずくまる中、リーシャは水浸しの部屋の中を移動し、ドアを開けて残りの水を廊下に追い出す。普段だったらこれ以上被害を広げるなと怒るところだが、とてもではないがそんなつもりにはなれない。それに、すでに廊下も水浸しだろう。

 呼吸を整え終わる前に、伊織とクシャナが真広のところに集まってくる。リーシャを、警戒してのことだ。

 そんなこちらの態度に気づいているのか、リーシャも押し黙ったまま真広たちの目の前まで歩いてくる。針でつつけば破裂しそうな沈黙が、場に重く沈殿する。そして、

「数々のご無礼、失礼いたしました」

 ザッと水を跳ね飛ばしながら、リーシャが勢いよく膝を着く。剣を床に置き、君主に傅く騎士のごとく神戸を垂れ、言った。

「諸先輩方の遠き後裔が一人、欅ヶ村のリーシャ・ユエティア! 我が旅の為に諸先輩方をお迎えに参りました。我が放浪の旅に諸先輩方を巻き込むのは心苦しく、また諸先輩方がこのような場所にいらっしゃることにも重き故ありてのことだということは重々承知いたしております。ですが、どうか、私と一緒に、外へ参りましょう!」

やっと4部の修正が終わりました。修正と言いつつ、9割ゼロから書き直しましたが。

これでやっと新しい部分が……

の前に、現在5部を書き直していたりして……

いえ、そちらはもう6割7割終わっているのです。4部は行きつ戻りつしながら書いていたので余計時間食ったのですが、そちらは割とスムーズです。出すタイミングにも、迷わなくて済みそうです(たぶん)。

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