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真広が向かったのは、玄関だった。真広の家は靴を履いたまま入る構造なので、玄関が立派である必要はどこにもないのだが、実際にはかなり広めで、ちょっとした寝室として使えるほどの広さがある。
電灯のスイッチを真広が入れると、橙色がかった光を床に敷き詰められた人工大理石が淡く反射する。
玄関の床板には、一か所だけ取っ手がついているところがあった。取っ手と言っても、引き出しのように金具が飛び出しているわけではない。床下収納のように、収納式の取っ手がはまり込んでいるだけだ。
取っ手を引き出して手をかけると、床板は簡単に跳ねあがる。そこには、床下収納のような、一辺が百㎝ほどの空間があった。所定の位置まで引き上げてから蝶番にロックをかけて床板が戻らないようにしてから、真広は改めて穴をのぞき込む。それにつられて、真広の後ろをずっとついて来ていたリーシャもその場にしゃがみ、横から穴に目を向ける。
「これは、なんです?」
のぞき込むなり眉根に皺を寄せたリーシャの視線の先には、穴の一角から先端だけがチョコンとはみ出したベルトコンベアのようなものがあった。
「これは、今注文したものを受け取る為の場所だです。ポストと言うんです」
小さな音を立てて回転しているベルトコンベアを見ながら、真広が答える。リーシャは、回転するベルトコンベアを触ってもいいのかどうかわからないらしく、手を出したりひっこめたりしている。
「そ、そうか。どころで――」
「触っちゃだめ」
先回りして真広が答えると、ちょっと残念そうな顔をするリーシャ。
「別に、分かっていたぞ?」
どうだか。
リーシャの反応を見ていた真広だが、再び最初に見たような、少し柔らかい表情が出てきて、少し安心する。いきなり態度を硬化させたリーシャだが、やはりこちらが彼女の本質ではないだろうか。
伊織たちはリーシャから距離を取ってこちらを見ながら何事か相談している様子なので、真広は説明を続ける。
「今回転しているこれ、これは上に載ったものを移動させる機械なんだけど、これが工場とか倉庫とかに続いてるんだ。それで、俺たちが何かを注文すると、工場で作られたり棚から抜き取られたりしたものがこれに乗せられて、地中にパイプを通ってここまで届くんだ」
「うん。そうなのか。しかし、物を買うなら直接どこかに買いに行けばいいし、届けるにしても普通に人が運べばいいんじゃないか?」
「それだと、無駄が出るだろ? 店で売れば期限切れの食品が出てくるし、人が運ぶと地上が混雑する。まぁ、バカでかい一部の物はバグが地上を運んでくるんだけどな」
「うん? そういうものなのか?」
どうも、納得いっていないらしい。
「そういうものです」
「んー……」
顎に手を当てて考え込んでしまうリーシャ。これもこの街に住んでいれば当然知っている類のことなのだが、やはりというか、リーシャは知らないらしい。ならばと、真広の中でちょっとした悪戯心が芽生える。
「あ、それから。その剣で地面を切ったりなんかしないで下さい。ここの地下には、そういうわけで大小様々無数の管が通ってるから、ちょっとでも地面に穴をあけたら、センサー見地されて捕まりますよ?」
「は? それは、本当なのですか?」
「ははは。大丈夫――」
「ああ、冗談か」
「本当のことですから」
「!?」
リーシャの反応が思った通りすぎて、ついつい顔が綻んでしまう。
「ところで……」
それはリーシャの方も同じらしく、少しだけ柔らかくなった表情で言った。
「私に敬語を使うのはやめてください」
「え、いや……」
突然そんなことを言われるとは思っていなかった真広は、少し戸惑ってしまう。それに、真広としては、初対面の人にタメ口と言うのは、同にも落ち着かない。
「使わないでください。使われると、落ち着きません」
「えーっと、なら使わないけど、こんな感じでいいか?」
「はい。それでお願いします」
やはり、いきなり敬語を崩すのは、少し違和感がある。それに、リーシャの方だけ敬語と言うのも落ち着かない。
「そのリーシャも、できれば……」
「敬語をやめろと言うことでしたら、謹んでお断りさせていただきます」
お断りされてしまった。あまりしつこく言うような問題ではないし、そもそも言っても聞いてくれるような相手だとは思わないので、真広は努めてこの問題を頭から追いだそうとする。
「それよりも、先ほど使った電子機器。あれらは、防水ですか?」
リーシャの脈絡のなさにはなれたつもりでいた真広だが、またしても変なことを聞かれてしまい、少し首を傾ける。
「何でまたそんなことを?」
「少し、水を使うんです」
「もし大量の水を使うなら、別にあの部屋じゃなくてもいいんじゃないか?」
「あ、いえ。そういうわけでは……使う水はコップ一杯分程度なので、大丈夫です。ただ、一応確認を、と」
「なるほど」
納得した真広がポストの中に視線を戻しかけた時、リーシャがポツリとつぶやいた。
「もしかしたら、大変なことになるかもしませんが」
「へ?」
どことなく不穏な空気を纏っているリーシャの言葉に、真広は視線をリーシャに戻す。
「いえ、冗談です」
しかし、リーシャは笑顔してやったりと言うような笑顔を真広に向けていた。どうやら、先ほどの真広の言葉へのちょっとした仕返しのつもりだったらしい。
「あははは」
リーシャの笑顔につられるようにして、笑う。二人の間の空気は、道端で出会った知人と会話をするような、そんな和やかなものにすらなっていた。
「なあ、リーシャ」今なら、本当のことが聞けるだろうか。「君は本当に、ここ以外のところから……」
真広が、会話の隙間を縫って真面目な調子で切り出したその時だった。ベルトコンベアが、注文していた物を吐き出す。
「あ、来た来た! どーん!」
「うぐ!」
途端に、クシャナが真広の背中に飛びついて来て話は中断してしまう。
「それじゃ、これ持って戻ろっか」
床の上に寝そべって、ポストの中に届けられたものを次々と引き上げ、真広に渡していくクシャナ。いきなりのことにあっけにとられているうちに、真広の腕の中には、荷物が全て乗せられてしまう。数は少ないのだが、かさばるものが多くて、かなり持ちにくい。
「あの、私も持ちましょう」
リーシャが、少し慌てた様子でそう言ってくれるが、
「大丈夫大丈夫。リーシャちゃんはゲストなんだから」
と言ってリーシャがポストから遠ざけてしまう。そして、立ち上がって服に着いた埃を払うふりをしながら、ゲシゲシと真広のお尻を二回ほど蹴っていった。
そういえばクシャナと俺は付き合っているんだったとか、嫉妬してくれたのか、とか真広が考え至るころには、クシャナとリーシャはとっくに元の部屋に戻り、伊織とイリックもこちらを蔑むような視線を残して立ち去るところだった。




