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突如発せられたリーシャの大声で、弾ける。リーシャが大声を出すなどとは思っても居なかった全員が、一斉に飛び上がる。その様子を見て、軽く笑った後、改めてリーシャが口を開くく。
「それで、申し訳ないのですが、今から言うものを用意していただけないでしょうか?」
「えと、具体的には、何を?」
一応は家主である真広が代表して答える。
「そうだな……衝撃に強く、壊れてもいい器が一つ。金づちのようなものを一つ。それから、食べ物を――できれば甘い菓子がいいな、用意してくれると助かる」
「そんなもの、どうするんだ?」
「えー……」少し迷った後、リーシャは言葉を続ける。「移動家を使う」
「ビーズ?」
糸に通したり溶かしたりして装飾品にするあれのこと……ではないだろう。
こんなところでこんな単語が出ると思っていなかった真広は、ついつい首をかしげてしまう。しかし、どうやらリーシャを除く全員が同じ疑問を持ったらしく、真広の周りからは、「ん?」というかすかな声が空気を漂って聞こえてくる。
当然リーシャもそれに気づいているらしく、あらかじめ用意しておいたらしい細くの説明を加える。
「ビーズとは、精霊を封じたガラス玉のことだ。へんた……ではなくて、交渉師によって作られるものです」
途中で変態と言いかけたことが気にならなないではないが、リーシャは返答はそんなことどうでもよくなるほどに、見事に何の解決にもなっていなかった。リーシャは、これで当然わかるだろう? という顔をしているが、真広たちにとっては謎の単語が二つほど増えただけである。
「リーシャさん? あの、説明になっていないのですが?」
ここまで意味不明な文章は、伊織も予想外だったらしく、敬語になっている。
「はい?」
だが予想外だったのはリーシャも同じらしく、リーシャのしたり顔が固まる。
「え、いや、今のはかなり噛み砕いて言ったつもりだったんですが……」
したり顔から困り顔になったリーシャが、暗に信じられないと言っているのがありありと感じられたが、初めて聞く単語がいくつも含まれている文章の意味を分かれという方が無理というものだろう。
「あの、どの辺が、解らなかったのですか?」
どうやらリーシャはもう少し詳しく説明してくれるつもりnようだが、真広たちからしてみれば、そもそもどこが解らないのか解らない。
「はいはい!」やはり、最初に口を開いたのはクシャナだった。「フウミュってなんですか?」
「いや、フウミュはフウミュだろう!?」
「はい?」
どうやら、リーシャにとって予想外の質問だったらしい。真広たちにはよくわからないが、それほどまでにフウミュと言うのはリーシャにとって一般的なものなのだろうか。
「いや、だから……ああ、メイ婆さんがそんなことを言っていたか? てっきり、これはただの伝説だと思っていたのだが……そういえば、ここに入ってから彼女らを全く見ていないのも、偶然ではないのか!?」
どうやら、リーシャという少女は、考えていることが口に出てしまうタイプらしい。おかげで、真広たちはどこで言葉を挟んでいいのかわからない。
「そうだ! なら、古い言葉で、精霊だ。これなら、わかるか!?」
「わかるけど……」
クシャナに変わって伊織が言葉を継ぐ。
「それとこれと、何が関係あるの?」
「なんの、と言われてもな。私も、説明するのは難しいんだ。喩えるなら、そう、このテーブルの上の電子機器。これらがどう働いているのかと聞かれても、説明できないと思いますが?」
なんとなく、リーシャの言わんとしていることを察した真広。つまり、あるのが当たり前で誰もがそれをなんの疑いなく使ってはいるが、仕組みを説明できる人はごく一部の専門的な人だけである、そう言いたいのだろう。しかし、だからと言って何の説明もなしで納得できるわけもなく、
「せめて、概要だけでも説明できませんか?」
と聞いてみる。
「申し訳ないが、ちょっと。精霊が物質を生み出したり使役したりする、と言っても、あなた方は納得しないでしょう?」
勿論。
「だから、今は説明は省かせてください。それよりも、見てもらうのが、早いと思うんです。それでも、絶対に気になるのなら、何かの機会があったときに、村の変態テイマー――ビーズの製作者――に聞いてみてください」
申し訳なさそうに謝るリーシャ。つまり、今のやり取りでわかったのは。
「ビーズの製作者が変態と言うことだけだな」
的を射たイリックの発言に、一同のため息が重なる。
「まあ、それはそれで良く……はありませんがひとまず置いておいて、依頼した物品は何に使うのですか?」
額のあたりに手をやって、頭が痛いということを大げさに示して見せる伊織。
「器は、周りを汚さないために。金づちは、純粋に道具として。菓子は、彼女たちは――特にこれから呼ぶ彼女は、プライドだけは高いから」
やっぱり、なんのことかわからない。
「ふーん。そっかそっか。じゃあさ、ちょっと待っててね。今準備するから」
しかし、クシャナは納得したという感じで歌うようにそういうと、テーブルの上に置いてあったパソコンのモニターを抱え、元の位置にもっていこうとする。これ以上勝手なことをされてはたまらないと、伊織が手伝うふりをしながらすかさずクシャナに詰め寄る。周りに聞こえないように声を低めて話しているせいで、真広には二人が何を言っているのかわからないが、やはり、伊織がクシャナに詰め寄っているらしい。この二人が言い争っているところを――というか伊織が声を荒げているところを――初めて見た。どうなるのだろうかと気になってついつい目で追ってしまう真広だが、決着はすぐについた。以外なことに、二言三言言葉を交わしただけで、すぐに伊織が折れたのだ。しかも、クシャナの作業を手伝い始める始末である。イリックと二人して顔を見合わせていると、戻ってきたクシャナが言った。
「それじゃ、頼まれものを注文しよっか」クシャナはリーシャの手を取ると、椅子から立たせようとする「ほら、こっちこっち」
「え、はい?」
その行動に、今度はリーシャが困惑する番だった。クシャナの行動の裏にどういう意図があるのか読めないらしく、そこから動くべきか動かざるべきか決めかねている。それは真広とイリックも同じで、クシャナと伊織の行動の意味がわからずに、首をかしげる。が、それを察したクシャナがこっそりウィンクをして、目でパソコンの方と自分の腕を指示して、ようやく合点がいった。
「ああ、そうだな」
「そうしよう」
口々にわざとらしい同意の言葉を口にすると、テーブルの前から移動していく。そこまでやられては仕方がないと判断したのか、手を引かれっぱなしのリーシャが、ずっと握ったままの剣を杖の代わりにして立ち上がる。剣の先端がフローリングの床を打つコツコツという音を響かせながら、リーシャが部屋の隅にあるパソコンの前まで歩いて来て、導かれるままに椅子に腰を下ろす。
「これは、一体何なのだ?」
先ほどまでとは明らかに違う、いぶかしむような警戒するような、それでいてどこかに好奇心が混じっているような態度で、リーシャはパソコンを睨みつける。
「何って、パソコンに決まってるでしょ?」
「ぱそこん? そういえば、これはそのような名前だったか……しかし、これで何を?」
「あなたが所望したものを取り寄せるのです」
先ほどまでとは百八十度逆の態度で、丁寧に使い方を説明し始める伊織。
「やりながら説明しますので、まずは右手をこれに」
伊織が差し出したのは、机の隅っこに置かれていた、血圧計を半分に切ったみたいな物体だった。これは、万能鍵識別機と呼ばれる機械で、腕に埋め込まれているユニバーサル・キーに記録されている個人情報を読み取る為の物だ。様々な理由から、これで個人識別をしなければ、この街の電子機器は一切動かない。パソコンはおろか、携帯端末にいたるまで、初回起動時や使用者が変わる時には、キー・スキャナーを使って認証をしなければならない。
そして、これこそがクシャナの狙いだった。つまり、こうやってリーシャに電子機器を使わせれば、自然と個人情報を見ることが出来るのだ。普通の人であればすぐにクシャナの糸に気づくが、今までの様子からしてリーシャが気づくとは到底思えない。騙すみたいで申し訳ないが、そんなことも言っていられないだろう。こうやってキーさえ読み込んでしまえば、住所などのリーシャの基本的な情報ぐらいはすぐに判明するはずだ。
伊織に導かれるままに、リーシャが機械の上に手を置く。
「お願いします」
所定の位置に手と手首を固定したところで、マキナに声をかける。伊織の命令を実行してもいいのかと、マキナが真広の視線を送ってきたので、小さく頷く。
「ふん。いいだろう」
それを受けて、画面の少女が大仰な仕草でうなずく。そして、無駄に壮大なエフェクトを画面の中に走らせると、これまた無駄に尊大な口調で言う。
「主様の許可も出た。我が力、ぞんぶんに見せてやろう」
やることはただのスキャンなんだけどな。
読み取られた情報が表示されるのを今か今かと待ちわびる四人。しかし、通常であれば一秒ほどで読み取り結果と新使用者の下での再起動を承認するかしないかの選択ウィンドウが出てくるはずのモニターには、いつまで経っても読み取り中であることを示すエフェクトが表紙さればかりだ。
「主様よ」
一〇秒ほどして、画面のエフェクトが止み、どこか気まずそうなマキナの声がした。
「すまないが、読み込みに失敗した。というか、こいつの腕、キーが埋まってない」
その言葉を聞き、ゆっくりと顔を見合わせ合う真広たち。そして、伊織が弾かれたようにリーシャの腕をとり、スキャナ―に押し付ける。
「おい、何をする!?」
突然の行動に困惑するリーシャだが、驚きに囚われている真広たちは、誰も伊織の行動を止めようとしない。それどころか、伊織が出した再スキャンの指示が実行されるのを今や遅しと待っているほどだ。
しかし、現在地球上で最高の性能を誇るAIのコピーが下した判断が、そうそう簡単に覆るわけもなく、やはり読み取りは不可能だった。そして、その示すところは、街の住人なら誰しも右手首に埋め込まれているはずのユニバーサル・キーが埋め込まれていないということであり、要するに、リーシャはこの街では生活できないということになり、論理的な帰結として、リーシャは外から来た人間ということになる。
そんなバカなという思いが、リーシャ以外の全員に広がる。ユニバーサル・キーがないなどということが、果たしてあり得るのだろうかと、お互いの顔を見ながら考える。一人リーシャだけが、「何がどうしたんだ?」と何もわかっていない顔をする。
ユニバーサル・キーとは、街の住人全員の右手首に埋め込まれた小型のチップのことである。そこには、個人識別用のIDが記録されている。ユニバーサル・キーを読み取り機にかざすとIDが読み取られ、そのIDは瞬時に街を収めるマキナ本体に照会され、そこに蓄積されている個人情報が読み込まれる。そこには様々な情報が含まれるが、その中で最も重要なのは、配給ポイントの情報である。この街では、すべての物資はこのポイントによって個人に割り振られ、流通するすべての物資にも同じようにポイントが設定されている。街の住人は、個人に割り振られたポイントの範囲内で、自由にものを調達することが可能になっている。
例えば、毎月二十のポイントが各人に割り振られ、靴下一組には三のポイントがつけられているとする。すると、住人は毎月六組までの靴下を受け取ることが出来る。また、このポイントは繰り越しが可能であり、月末に十のポイントが残っていた場合、翌月に支給される二十ポイントと合わせて、靴下十組を受け取ることが可能になる。
ただし、最近は上限が青天井に高くなっているので、あってないような制度なのだが、IDがなければそもそも一切の物資を受け取ることが出来ず、その他のサービスも多くがユニバーサル・キーに紐付けられているため、この街で生活することは不可能である。
キーがないなどという事があるとしたら、腕への埋め忘れとか、自分でほじくり出したとか説明されるよりも、外から来たと言われる方がしっくりくるぐらいの事態だ。そんなことがあったとしても、すぐに気づかれてキーを埋めなおされるか、一週間以内に餓死するのが関の山だ。リーシャの年齢まで埋め忘れが放置されることはないし、リーシャの右腕には数日以内に自傷行為に走ったような傷跡もない。
反対の腕に埋め込まれていた、という可能性もないではないが、ユニバーサル・キーの埋め込まれる場所は右手首と決まっていて、誤って他の場所に埋められたという話も聞いたことがない。というか、全ての規格が『右腕』で統一されている為、不便さに値を上げてすぐに移植手術を申し込むことになるだろう。
ならば外側の人間かという話になるのだが、外の世界はとうの昔に滅んだはずで、それもあり得ないことである。ではリーシャが街の住人かと言われれば、それも不可能であり、ならば外から来たのかと聞かれれば……
「そんなこと、あるわけはありません」
この状況をどうとらえたものかと思案していると、伊織がボソリとつぶやいた。この状況を元も正確に言い表した言葉に、真広はうんうんと頷いてしまう。
「あの、私は、どうすればいいのだ? というか、そろそろ話していただきたいのですが……」
身内だけで盛り上がってしまっている真広たちに、申し訳なさそうにリーシャが声をかける。そういえば、リーシャに頼まれた物を発注する途中だった。しかし、リーシャの身元特定という目的は脇においても、リーシャのキーが無いのでは、そちらを行うこともできない。さてどうしたものかと真広が思案し始めた一秒後、
「はいはい、今準備するからね」
クシャナがパソコンを操作して、さっさと物品を購入する為の画面を呼び出す。使用者を変更せずに他人がパソコンを使うのは本来ならば違法なのだが、この際いた仕方ないだろう。
「ほいじゃあ、後は、よろしく!」
準備を整えたところで、クシャナがリーシャの脇のポジションを真広に譲る。今、パソコンの使用者として認証されているのは真広であり、必然的に何かを購入する為に使われるポイントも真広のものになる。それは流石にマズいと思っただろう。真広がパソコンの前に行くと、画面の隅っこからマキナが眉間に縦筋を入れて何か言いたげな視線を送ってくるが、結局は何も言わなかった。今パソコンを操作しているのは正真正銘真広であるし、そもそも、他人のポイントを使って物を注文するのは、暗黙の了解でもあるのだ。ちょっとした日用品の全てを本人が購入しなければいけないのでは、七面倒とかいうレベルを通り越して、不便でどうしようもない。だから、他人の情報を使って詐欺染みたことをしない限り、マキナには何か言う理由はないのである。もっとも、今回は他にも言いたいことはあるだろうが。
「それで、どれを買えばいいんだ?」
リーシャの言葉を思い出しながら、目的のジャンルを呼び出す。好奇心を隠し切れないながらも、必要なものを素早く判断していくリーシャの指示に従って物を注文し、最後に、確認ボタンをクリックする。その数秒後、どこかでモーターが始動微かな唸りと軋みが聞こえ、画面には配送中であることを示す表示が現れる。普段であれば早くても物が届くまでに三十分程度かかるのに、どういうわけだか、今日はもう配送されてくるようだ。
次はどうすればいいのかと目で聞いてくるリーシャの視線に押し出されるようにして真広が席を立つ。座ったまま真広を見上げるリーシャに向かってチョンチョンと手招きすると、リーシャは素直に立ち上がる。真広が歩き始めると、少しおくれて、後ろからコツコツという音が聞こえてくる。どうやら、真広の意図を汲んでちゃんとついて来てくれているようだ。後ろからは、伊織、イリック、クシャナ達も真広移動を始めた気配が感じられる。何を話せばいいのかよくわからず、皆無言だった。




