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空白記号~機械仕掛けの女神と幻想世界~  作者: 凉月
幸福な街と機械仕掛けの女王
11/43

4-3

 事情があるなら深くは突っ込むつもりもなかった。彼女を発見した時の状況からして何かが起こっているのは間違いないが、それほど大きな問題になることはないだろうと思っていた。いや、確かに片腕を失った人間が倒れているなど大問題ではあるのだが、本気で手に負えないような事態になったのなら、マキナに通報するなりユニバーサル・キーで身元を確かめて対処するなりすればいいのだと考えていた。いくら最初の時に呼んでも助けが来なかったとはいえ、マキナが大きな事件に対して何もしないということはないだろうと、気楽に考えていた節があった。先ほどまでは。

 それがまさか、熱したフライパンを傷口に当てるなどという暴挙としか思えない行為に走るとは思わなかった。だが困惑しているからと言って目の前でうずくまる少女を放っておく訳にもいかず、真広は大慌てで叫ぶ。

「伊織! 救急箱を! マキナは、医者を呼んでくれ!」

 その声にはじかれたように、すぐそこで呆然としていた伊織たちが立ち上がる。どうやら、少女の悲鳴を聞いて駆けつけて来たのはいいものの、どうすればいいのかわからずに固まってしまったようだ。真広も濡れタオルか氷嚢でも持って来ようと踵を返したときだった。

「良い。私なら大丈夫だ」

 蹲っていた少女が真広の服をつかんで、痛みを押し殺すような声で言う。その様子は言葉とは裏腹に、明らかに大丈夫ではない。

「いや、大丈夫じゃないだろ。待ってろ。今何か冷やすものを」

 少女の腕をほどこうとするが、怪我人とは思えないほどその力は強く、真広は少女の手を放すことが出来なかった。だが、ここは何としてでも少女の手を振りほどかなければならない。これほどのことをしたのだから、一国を争て治療しなければならないことは、素人の真広にも明らかだ。

「兄さん。救急箱です!」

 半分ぐらいパニックになりながらも伊織が運んできてくれたそれを受け取り、真広は少女を振り向く。

「ほら、包帯巻いて冷やさないと、傷が化膿する……ぞ……」

 少女の顔を見ながら放った真広の言葉は尻すぼみになる。振り返った先にある少女の瞳には

有無を言わせぬ強い力が宿っていて、真広だけでなく部屋中の人間が、その空気に飲まれていた。いつの間動く者のなくなった部屋に、少女の声だけが響く。

「手当はしなくていい。焼いて傷を塞いだだけだ。傷を塞いだおかげで、先ほどよりも大分頭がすっきりしたような気がします」

 痛みを我慢しているせいか、少女の声には感情がなく、どこか神がかったものを感じさせる。目の前で自らの体を焼くというショッキングな行動を見せられて頭が正常に働いていないのに加えて、少女の纏う空気が何か超常的なものを相手にしているような気分を真広に植え付け、口を開くことを許さない。それどころか、少女が目の前で立ち上がったのに、後ずさることすらできない。おかげで、真広と少女はお互いの息がかかるほどの至近距離で向かいあう羽目になってしまう。蒼白で表情のない顔を間近にし、今の真広には、少女が先ほどまでの少女と同一人物とは、とても思えなかった。

「うん……」

少女は、何かを探るように自分の体を弄ると、深刻な顔で一つ頷く。

「やはり、限界かな。血が足りなくて、頭が回らない……でも、おかげで興奮していた頭は冷めた……なんて皮肉な……ここはやはり……」

体を探った後、何事か考えるようにうつむいていた少女が、ふと何かを思いついたかのように顔を上げる。

「その、いろいろと要求してしまって申し訳ないが、コーラスをくれないですか」

 少女の言葉に応える者はない。皆、生唾を飲んで少女を遠巻きに見守るばかりだ。仕方なく、真広が言葉を返すが、先ほどからどこかおかしい少女の言葉遣いに突っ込む余裕もないほどに、少女に気おされ、おかげで間抜けにもほどがある言葉を返してしまう。

「コーラスって? 歌えばいいのか?」

 我ながら間抜けな回答だと思うが、他に言葉が出てこないのだからどうしようもない。あと少しでも冷静だったなら、少女が身につけていたもので真広たちが没収したものなど一つしかないことぐらい、すぐに気づけたはずだが、それほどまでに動揺していたということだろう。

「ああ、すまない。剣のことだ。剣で通じるのか? いや、先ほどは通じていたような気が……」

「剣ね。ほらイリック渡してくれよ」

 この時点ですでに、真広の頭からは当初の結論など飛んでいた。そもそも、少女から剣を取り上げたのも、歩き回る少女が勝手に剣を手にしないようにイリックが握りしめているのも、少女に剣を返さないようにする為だったはずだ。こんな得体のしれない人物に凶器など渡ししては、どうなるか分かったものではない。

 そのはずだったのだが、そんなことを覚えている人間は、この場にはいなかった。真広が手を伸ばして催促すると、イリックは油の切れたロボットのようなぎこちない動きで真広に近づき、あっさりと剣を手渡す。そして、自分はそそくさと少女の剣の間合いを思われる範囲から出て行ってしまう。どうせ渡すなら自分ではなく目の前にいる少女に直接渡せよ、と言う悪態が口から出かかる真広だが、今の状況でそれを要求するのは酷というものだろう。

 イリックから受け取った剣は、鞘全体に施された装飾がそこらの美術品も真っ青になるほど綺麗で、触るのが少し躊躇われる。そのくせ、思ったよりもずっと重く、ずっしりとした重量はそれが殺人の道具であることを真広に強く感じさせる。今更のようにしまったと思う真広だが、もう遅い。ここで剣を渡すことをためらうのはおかしいし、やめたとしても簡単に奪い取られてしまうだろう。

 どこを持てばいいのか迷った末に、鞘の部分を片手で握り、横一文字にして剣を差し出す。少女は剣を受け取ると真広に背を向けてブツブツと話し始めてしまう。今度は一体何事かと思うが、止めに入ってもいいのかどうか判断がつかず、結局はその場で見守ることしかできない。

「おお、コーラス。久しぶりだな。ん? 全然そんなことない? まあ、そう言うな。気分的には、そんな感じだ……うん、腕のことは気にするな。お前を使ってすまなかった」

 その時、誰かが後ろから真広の背中をチョンチョンと突っついた。振り返ってみれば、伊織が真広の真後ろに立っていた。

「伊織、どう――」

 したんだ、という言葉は、伊織が真広の口をふさいだせいで肺に逆流していく。慌てて伊織の手を振り払おうとする真広だが、伊織は開いている方の手の人差し指を立てて、自らの口の前に持っていく。いわゆる、「しーっ」の構えだ。それを見た真広は、伊織の手首をつかんでいた手から力を抜き、代わりに目で伊織になぜこんなことをするのかと問いかける。伊織もそれに気づいたのか、真広の口を塞いでいた手を口からどけると、こっそり耳打ちする。

「今のうちに離れてください、兄様。先ほどから、様子が変です。危険です」

 伊織に言われて、真広は急に先ほどの剣の重みを思い出す。少女の行動が真広の行動を裏切り続けてくれたせいですっかり忘れ去られていたが、相手は武器を手にしているのだ。しかも、その行動が全く読めない。万が一のことを警戒しているのか、クシャナとイリックはいつの間にかカウンターの向こうにある食卓まで避難していた。もう一度力強く頷く伊織に従って、真広はゆっくりと少女から離れる。その間も、少女は独り言を言い続ける。

「……だとみて間違いないだろう。当初の計画は、使えないか……え? あの動いて喋る絵に気を付けろ? しかし何故……なるほど。そうなると、強引な手に出ざるを得ないか……それでも、最低限の信頼だけは……」

 少女から離れて他の面々に合流した途端に、クシャナが口を開く。

「あの、真広、お薬いる? 頭の」

「いや、いらないよ! 失礼な!」

 普段から場を引っかき回して面白がっていることの多いクシャナだが、まさか開口一番にこんなことを言われるとは思わなかった。失礼にもほどがあるだろう。

「いや、真広のじゃなくて、あの女の子の」

「あー……それはいるかもしれない」

「うん、初対面の女の子の正気を疑うとか、失礼だよ真広」

「お前が言うな!」

 真広とクシャナが下らないやり取りをしている間にも、事態は進行していく。まるで剣と会話しているかの如く、剣を見つめたまま独り言を繰り出していた少女は議論が終了したと言わんばかりに顔を上げる、そして、剣を杖のように床に突くと、部屋の中をきょろきょろと見回し始める。その顔からは、先ほどのような神秘的なほどの無表情は抜け落ちているが、代わりに、そこはかとない緊張感が漂っているように見える。真広たちも、次は何が飛び出すのかと、少女の一挙手一投足から目が離せない。

 だが少女はそれ以上突飛な行動をとることなく、先ほどベッドの上で見せたような気楽さを装いながら、剣を杖の代わりにしてキッチンカウンターを回り込んでテーブルの方に歩いてくる。

それに合わせて少しずつ場所を移動していったせいで、真広たちはテーブルを間に挟んで少女と対峙するような恰好になってしまう。緊張のせいなのかそう努めているのかはわからないが、少女は真広たちの行動を気にする様子もなく食卓にある椅子の一つに手をかけると、

「すまない、体力の限界なんだ。椅子を借りるよ?」

 そう言って腰を下ろした。だがそんなことよりも真広の気を引いたのは、少女の口調と声音だった。最初のようにくるくるとよく変わる表情を持った声でもなければ、敬語を交えた固い話し方でもなく、少女の声にはひたすらに緊張が満ちているような気がした。喩えるなら、頭に拳銃を突きつけられたまましゃべっている感じだろうか。それも、絶対に失敗出来ない交渉ごとをそんな状態で行っているような風だ。

「ふふ――」

 真広の視線に気づいたのか、少女は、私は大丈夫だ、と表情で主張するかのように、思ったよりも柔らかい笑顔を浮かべる。しかし、そこにはやはり、硬さというか緊張と言うか、そんなものが混じっている。そして、その奥には、どうか素直に私の話を聞いてくれ、という懇願の色が見え隠れしているように真広には思えた。

 少女の笑顔についつい見とれてしまっていた真広は、咄嗟に言葉を返すことも笑顔を返すこともできない。それを見た少女が、今度はほんの少しだけ、面白そうに笑う。それに気づいた真広は慌てて顔を引き締める。今は、呆けている場合ではない。いま目の前にいるのは、ベッドの上でなぜか喜び回った挙句に天井に頭をぶつける得体のしれない変人少女で、いきなり体を焼いたと思いきや、真剣をその手にしたのだ。行動の振れ幅が大きすぎて、何がなにやらわからない。次に何が起こるのか、予測不能もいいところだ。

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