2. よろしく生まれ変わった私
「あの子よ………文官科に転入したの」
「外国………の方ではないわよね?」
「オーゴニア人の………髪と顔立ち………だものね」
季節はもう秋に差し掛かっていた。
こんな時期に転入生は珍しかった。
でもその転入生が目立ったのは外見もあった。
スラリと伸びた背筋はブレがなく美しい。
波打つ黒髪を品よく編み込んでスッキリと後頭部にまとえあげていた。ほつれた後れ毛がイヤリングのように揺れている。
装飾品もないのに彼女自身が発光しているようだった。
頬は透けるように白く雪のよう。
背が高く周りの目を引く空気を纏った子だった。
一言で言うなら。
『クールビューティー』とはこの人のことを言うのだと思えた。
ユリエッタは内心「雪国の妖精姫」だわと思った。
佇まいが只者ではない。
太く重そうな書物を何冊も抱えているのに足元は軽やかだ。
羽根があるのだろうか。
浮世離れした美しさだった。
ユリエッタは彼女が入室してから話しかけたくてウズウズしていた。
「綺麗な子ね………」
「転入生かしら?」
「まさか転科はないはずよ。
転科は正答率九割だもの………」
「普通に入学するより困難よね………」
「我等が王都貴族院は難関だものね………」
学期途中の学科転入。
それはこの王都貴族学院では珍しいことだった。
帰国子女が外国から帰国した時などに適応される制度。
学院内での内部転科は過去二〇〇年ない。
制度としては存在しても前例があまりにないのだ。
それはこの王都貴族学院が国のトップの教育機関なことが原因だ。
ほかの学院なら転科はもっとハードルが低い。
怪我をした騎士科の生徒が文官科に移籍したり、文官科の生徒が突然跡取りに指名され領地経営科になったり。
入学時と事情が変わることがあるから比較的転科は自由なのだ。
でも。
この王都貴族学院は違う。
そもそも一つ一つの学科が『国の幹部候補養成』レベルの試験難易度なのだ。
大抵皆が極められるのは人生で一つだけだ。
どこかの王族ではないのだから文武両道など夢物語だ。一つの科に入学したなら他の科など極めている暇などない。あり得ない。
『国一番のエリート学院』。
王都貴族学院はそんな所だ。
「確か外交官枠は普通枠より一割難易度が低いはずよ」
「へ〜。それでも優秀よね。外国育ちなら難しいはずよね」
「うちの科って難易度確か医学科抜いたら学院一だもんね」
だから。
彼女は外交官の親を持つ帰国子女だろう。
「ご機嫌よう………。ようこそ文官科へ。
それかオーゴニア国も久しぶりかしら?初めましてかしら?
私、ユリエッタ・カントサイドよ。よろしく」
ユリエッタは意を決して彼女に話しかけた。
彼女は教室の端に座り教材を広げだした所だった。
こちらを見上げた瞳は涼やかなのにキョトリとした瞬間はあどけなかった。
思わずユリエッタはドキリとした。
「あら。カントサイド………伯爵令嬢?」
彼女は意外にもユリエッタの家名を知っている素振りだった。
彼女は立ち上がると胸に手を当てお辞儀した。
この国の淑女のそれとは型が違った。
それは。
まるで騎士のようなお辞儀だった。
「ご機嫌よう。ご丁寧にありがとう。
私。ナリッサ・マークブックよ。実家は子爵なの」
「マークブック子爵………ナリッサ………」
はて。
聞いたことある家名だった。
しかも彼女はナリッサと言ったか。
改めてまじまじと彼女を見た。
もしユリエッタが知っているナリッサなら。
明らかに外見が変わりすぎていた。
ダンスの授業でもその人は紳士役を務めることが多かった。だからユリエッタはナリッサを間近で見たことがあった。
まず、そばかすがない。
もっと日に焼けた肌だったはずだ。
切りっぱなしだったクセの強めの髪で瞳を隠していない。
そして。
このナリッサはスカートを履いていた。
騎士科のナリッサはいつもズボンだった。
スラリと長かった脚を品の良いプリーツの文官科の制服であるロングスカートで包んでいても足首の華奢さが際立った。
騎士用のブーツではなく編み込みリボンのヒールを履いているからだ。
信じられなかった。
けど。
脚を踏み抜いてしまった時に見上げた時と同じような困ったような笑み。
少し青みがかった瞳の柔らかさが一緒だった。
「貴女………。本当にあのナリッサ・マークブック子爵令嬢?」
「ええ」
「え………?あの………ナリッサさん?」
「騎士科………の。え?まさか?」
背後でユリエッタに追随しようとしていた友人達からも困惑の声がした。
わかる。
一番混乱していたのはユリエッタだったから。
「ああ。文官科でも私有名なの?
『尽くし性ナリッサ』?それとも『ウェスト騎士の金魚の糞』?それか………『そばかす女騎士』かしら」
「そ………そこまでひどいこと私達は言わないわ?!」
ユリエッタは青ざめた。
「ん?大丈夫よ。騎士科ではそう呼ばれていたのは事実だし。私。気にしてないもの。本当のことだったのだし」
「でも………え………?」
「「「陽だまりの麗人ナリッサ様?!」」」
「え」
卑怯な。
ユリエッタは歯噛みした。
先陣を切ったのはユリエッタだったのに、教室内はいつの間にか聞き耳を立てていたであろう生徒でごった返していた。
「待って待って?!
あの『陽だまりのような笑顔で淑女科のレディを骨抜きにしている』って言うナリッサ様?!
え。
陽だまってないのにオーラが凄い?!」
「あ………あの?」
「騎士科が囲い込む『陽だまり騎士姫』。
奴ら外の科には牽制するくせにナリッサ様への態度が横暴だったから私達!!憤っていたの!」
「騎士科ではそんな侮辱的な二つ名を?
今度の予算添削するの辞めてやろうかしら?!」
「ナリッサ様!!やっと見切りをつけましたの?!」
「奴らめ………。とうとう年貢の収め時じゃあ………」
怒号が熱狂が教室をつつみ込んだ。
ユリエッタは額に手を当てた。
「え………と」
困惑しているらしいナリッサの声がか細い。
ユリエッタは周りを諌めた。
せっかくのナリッサの低めのアルトの美声が堪能できないからだ。
発言を促されたナリッサは少し指先をこねた。
その恥ずかしそうな仕草すら愛らしかった。
「無理して居座る………価値がなくなったから。
好きなことをありのままにやろうかなあ………て?」
「素晴らしい!!!」
ユリエッタは思わず叫んだ。
「我等は手に入れたのよ!!
『陽だまり騎士姫』改め『涼やか微笑姫』だわ!!
しかも《転科》よ?!
才女よ才女!!」
「万歳!!」
「騎士科の野郎どもざまあみろ!!」
いつの間にか野郎どもまで囃し立てていた。
「騎士科の記録と帳簿。
いつもナリッサ様が一手に引き受けていたのを文官科は皆が知ってます!」
そうなのだ。
騎士科のナリッサ。
文官科では知らない者はいない。
彼女が脳筋集団の支離滅裂な要望や提案書、演習の物資算出や活動日誌。揚げ句は万年筆の在庫まで。
それらの不備を華麗に修正して捌いていた騎士科の頭脳。
それが。
ナリッサ・マークブック子爵令嬢その人だったのだから興奮しないほうがおかしい。
「ようこそ!!文官科へ!!ナリッサ様!!」
「あ………ありがとう………ございます?」
ナリッサの小首をかしげた困惑顔も麗しく可愛らしかった。
「ナリッサ様は何志望ですか?王宮事務官?それとも王妃付き女官?それとも王宮騎士団事務官ですか?」
「好きなことを極めたいの………」
ナリッサは恥ずかしそうにハニかんだ
「『王宮図書館司書』を目指したいの………」
「それは!」
「ここ20年は合格者がいないあの!!」
「うふふ。
本が大好きなの………。昔からの………夢なの」
そこへ教授が入室して改めてナリッサは紹介と賛辞を賜っていた。
あの気難しいセブリウス教授が出した転科答案をなんと『満点』で合格したらしい。
本当に得難い人材が騎士科から転がり込んできたのだ。
教室内はお祭り騒ぎだった。
「よろしく。生まれ変わったつもりで頑張ります」
ユリエッタは。
今日ナリッサに声をかけた勇気と幸運を一生神に感謝した。
一方。
騎士科はお葬式だったことをまだ文官科は知らなかった。




