第十三話 fake
お知らせ。この話を投稿してから、次回まで出すのに少し時間が掛かります。1話を校正してもらったので、他の話もリライトする予定です。
小さなテーブルに並べられた食事と、味のしない、コップに注がれた液体。
内職で使われる油特有の臭いと、醤油で味付けされたおかずに吐き気がする。肉と、玉ねぎだけの野菜炒め。
──『……ご馳走様』
ご飯を食べても、まだ──声が聞こえる。お父さん、お母さん、そして……。
オレとご飯を食べる時は、何も話してくれなかったのに……どうして? 親はオレを愛さない。
だから、オレはオレを隠した。
ヒーローに憧れる幼い自分を殺し、夜の涙を飲み込んで、笑ったんだ。
グロい動画を観て、心配してもらおうとして。自分は特別なんだって、少しでも見てほしくて……。
──狂っている真似をした。
心臓に分厚い鉄板が張り付いているような、そんな気分。視界が歪み、涙が出そうになった。
それでも、それでも親の役に立とうとして、毎日、夜中に叩き起こされても、皿を洗い、テーブルを綺麗に拭いて、お風呂掃除もした。
少しでも、少しでもいいから、笑ってほしかった。
誰かに、必要とされたかった。誰かの、味方にオレはなりたかった。
特撮ヒーローのように、弱きを助け、強きを挫く。そんな誰もが憧れる存在になりたかった。
『お前はクソ使えねぇな。死ねよ、おままごとやってんじゃねぇぞ!』
だけど世界は残酷で、自分に特殊な力はない。天才でもないし、人より優れた才能なんて何もなかった。
ただ、誰かが心で助けを求める時、自分を殺してまで人を助けることができた。
聞こえはいい。だが、これは──呪いだ。
苦しいし、涙は出る。後悔もする。アニメキャラのように、でかい器なんてない。
小さな器に注がれるのは、誰かの感謝でも親の愛でもなく、自身の涙だけだった。
誰かを必死に助けても、その相手が、自分が苦しい時に助けてくれるなんて微塵も思っちゃいない。
オレは、そこだけが根底から狂っているんだ。
共感。苦しいのは嫌だし、悲しい。誰かに理解してほしかった。誰かが泣いていても、傍には誰もいない。
だから、オレだけは一緒に一からやり直したいし、手を繋ぎたい。寂しい夜でも、困っている人の傍で手を差し伸べたかった。
一緒に泣いてほしかったから。一緒に笑ってほしかったから。理不尽に、一緒に怒ってほしかった。
『頂きます』
家には、二つのテーブルがあった。小さな内職用の机をオレが使い、背の高い机は親が使っていた。
三つの椅子。一つ足りなかったから、オレは一緒にいられなかった。
『一緒に、オレもご飯食べたいっ!』
『は? 嫌だ。なんで俺がお前とご飯食べなきゃいけねえんだよ』
『だって、狡いじゃん! オレも食べたいよ!』
『どこで飯食おうと味は変わらねぇよ!』
そうかもしれない。だって、味なんて分かんないから。もう感じないから、変わらない。
貼り付けの笑顔さえもう忘れてしまったのに、なぜだか泣き顔は忘れられない。
ふと思い出したかのように、怒りの感情が胸から溢れ出そうとする。
──でも、みんなはオレのこと好きにならないじゃん。笑っていないと、明るくないと、子供じゃないと、みんな、みんな消えて行く。
色んなことに共感するために、自分の白いパレットを知っている色全てで塗り潰した。
隙間なんて微塵もないのに、透明だった。
誰かの一番にもなれなくて、鏡に映るのは──道化師と化した、馬鹿な子供の姿。
『今日くらいは良いんじゃない?』
『チッ。はぁ……一回だけだ。黙って食えよ』
『うん!』
いつもとは違い、食卓に笑顔もなくて、物音は食器とお箸がぶつかる音と、咀嚼音だけだった。
その時の晩御飯は、鼻水と涙で味なんて感じないのに、とても美味しかったのを覚えている。
変わったんだ。親と、食べるだけで、変わってしまったんだ。
つまらなそうに食べる父親。それでも、オレの心は満たされていた。ただ、一緒にいてくれるだけで良かった。
一緒に、笑ってくれたら良かったのに──。
女の子のように、細く長い指が深紅に染まる。
赤、赤。赤。赤。赤赤赤赤赤。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤─────ッッ。
べっとりと着いた血液に、血の気が引いていくのが分かった。それでも、父の暖かさが手に伝わっていく。
心臓の鼓動と共に、手に持った赤黒い包丁がプルプルと震え、浅い呼吸をする父に何度も振り下ろす。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
口角が上がり、鼓動が速くなる。
抑えつけて、殺していたはずの感情が、喉を裂いて雄叫びを上げた。
まるで自分の声ではないと錯覚するほど、その《音》は喧しく、口から血を噴き出させた。
鼻水と涙で前が見えない。あの時と一緒だ。
会話がなくて、食べる音だけがした。塩辛くて、誰もオレの話を聞いてくれない食卓と、全く同じだった。
『父さん、母さん、ご飯作れるんだ。待ってて、一緒に食べようよ。あの時みたいに』
どうせ、親は理不尽だ。オレとの記憶なんて、覚えているわけがない。
なんでこうなったか分からない。覚えていない。ただ、どうでもいい喧嘩をしたことだけは覚えている。
オレが何をしたって言うんだ。ただ生まれてきて、少し、物事を俯瞰して見れただけ。
愛されたい願望はオレを蝕んで、何もかも奪ったのに……。
ただ、生まれてきただけなのに。
何が悪かったの? どこがいけなかったの?
『そうそう、オレさ! 卵に砂糖入れてみたんだよね〜〜! じゃあさ、甘くて美味しい卵焼きができたんだよ!』
『……』
『────なぁ? なんで食べねえんだよ。何が、何が違うって言うんだっ!!!』
同じ顔、同じDNA、同じ双子。全て同じなのに、なんで……オレは愛されない?
ずっと、テーブルには兄がいた。
オレに席を譲ってくれた。母も父も許可をした。でも、オレに喋ることを許可しなかった。
笑うのも、声もダメだ。
いつも、学校であった話をしていたのに、オレの話は聴きたくない。
父と母は、兄が大好きだった。
病弱で、オレとは違って俯瞰せず、先が見えず、可愛げがあった。
でも、オレは何故かダメだった。周囲の人間にも、家族にも受け入れられなかった。
誰かの一番になる資格がなかった。
『ああ、ああ……』
どんなに泣いても、慰める声はない。当然だ。オレが殺したのだから。
諦めたのだから。しかしながら、オレは諦め切れなかった。
ある時、ガイア理論の延長線上──神の話を耳にした。
地球の意思を呼び出せば、なんでも一つ願いが叶うのだと。だから──
──『お願いします。お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんを……返してください』
願いは、ただ一つ。自分が願いの果てにどうなろうとも構わない。
二〇二二年 四月二四日 二一時五六分。
「……大丈夫ですか? なんで泣いてるんですか?」
ロープで手を縛られ、本来なら怯える存在であるはずの少女が、テロリストである連徒に視線を向け、質問を投げかける。
おかしな状況だ。彼女は今、攫われて神の生贄になるというのに、オレの心配をしている。
──奇妙だ。
「嫌な夢を見ただけさ。心配ご無用だ」
そして、それに対して笑うオレも、気持ち悪くて仕方がない。
数時間後には、彼女を生贄として捧げ、他者の身勝手な願いのために殺すというのに。
仲間外れにするのにな……。
「地海、どうして君はオレを心配するんだ?」
「……一緒にいてくれるからでしょうか。優しいんですね、連徒さん」
「はっ? どこが?」
橘地海。十七歳。かつて、灰神零人と同じ施設で暮らしていた少女。
彼女が、シャル・リークが語る「神」を降ろす器であり、そして失ってはならないメインプランの鍵だ。
彼女は一応拘束しているが、逃げることは決してない。地海と話してよく分かった。
コイツは他者が傷付くよりも、自分が傷付けられる選択肢を選ぶ人種なのだ。
──『分かりました。彼の代わりに、生贄になります』
数少ない施設の生き残り同士。言わば、家族的な絆があるのだろう。
気持ちは嫌だが、分かる。家族には……幸せになってほしいもんな。
「欲しい物はあるか? 買いに行くが」
「いえ、もう夜も遅いので寝ます」
「そうか……」
「……でも、一つだけ我儘を言うのであれば」
地海は少し間を空け、ポツリと呟いた。
「生贄になる時、最期まで手を繋いでいてもらえませんか? 死ぬのは、流石に怖いので」
「……いいよ。でも、部屋に侵入者が入ってきたら、約束は破るぞ」
「構いません。では、もう寝ます」
「おやすみ。最後に、良い夢を。次、起きたら仕事をしてもらう」
──青年、連徒は優しく笑い掛け、ホテルの通路を一人歩いて行った。
今は、きっと一人のほうが良いと思ったからだ。
鳥居連徒。彼の目的は実質的な世界平和であり、全てを裏切る──ダークホース。
「金蘭の輩よ。ありがとう」
目立ってる章ボスのリークさんより目立つ男




